J-POPを「アカペラ史観」で読み直すーーアオペラ -aoppella!?-『A(エース)』を機に考察
J-POPを「アカペラ史観」で読み直す
「ゴスペラーズを輩出したアカペラサークル「Street Corner Symphony」にも所属し、結成した自身のアカペラグループでは多数オリジナル楽曲の制作も行っていた。 その際、同じグループのメンバーだったシンガーソングライターの冨永裕輔の紹介でNHKの教育番組のスタッフと知り合い、番組テーマ曲の音楽コンペに参加。その曲が採用となり、プロの音楽家としての活動が始まる」
杉山の公式サイトにプロフィールとして記載されている通り、彼のプロの音楽家としてのキャリアは大学のアカペラサークルへの所属をきっかけとして始まっている。ここに名前の挙がるStreet Corner Symphonyは、ゴスペラーズだけでなく先ほど触れたAJIなども輩出している学生アカペラの名門サークルである。
乃木坂46「君の名は希望」「サヨナラの意味」などの作曲でも知られる杉山は、今ではJ-POPを代表する作家の1人である。彼のルーツの1つが学生アカペラである事実は、『A(エース)』に集ったコンポーザー陣が歩んできた道筋と合わせて、J-POPの歴史にアカペラという補助線を引くことでこれまで見えてきていなかった景色が映し出される可能性を示唆しているのではないだろうか。
たとえば、今のJ-POPにおけるアカペラの代名詞的存在でもあるLittle Glee Monster。彼女たちのコーラスワークを支える存在でもある吉田圭介が所属するINSPiは、もともとRAG FAIRと同じタイミングで『ハモネプ』を介して2001年にメジャーデビューしている(吉田は2007年に加入)。INSPiが同番組で注目される前、彼らは大阪大学のアカペラサークルで活動しており、クオリティの高いオリジナル曲を歌うグループとして関東の学生アカペラシーンでも話題になっていた。現在のLittle Glee Monsterの人気も、遡れば『ハモネプ』を越えて大学のアカペラサークルにたどり着く。
INSPiと近い時期、同じく関西でアカペラに関わっていたのがヒャダインこと前山田健一である。前山田健一と杉山勝彦、タイプは違えど2010年代のアイドルブームを代表する楽曲を複数生み出しているコンポーザーがともにアカペラをルーツに持っていることに、何かしら意味を見出すことができるかもしれない。
2010年代の音楽シーンを彩ったシティポップのムーブメントにもアカペラの流れは関係している。cero『Obscure Ride』の複数の楽曲にコーラスで参加している重住ひろこが所属するSmooth Aceは、ゴスペラーズと同じくStreet Corner Symphonyの出身。彼らが4人編成時代にリリースしたアルバム『FOR TWO-PIECE』(2002年)は高橋幸宏や細野晴臣らも参加した作品で、「隠れシティポップ名盤」とでも言うべきクオリティを誇る。
そして、2001年の「ひとり」のヒットで確固たる地位を築いたゴスペラーズは、今ではJ-POPとアカペラシーンのハブ的な位置にいる。Little Glee Monsterとの交流は言うまでもなく、7月6日リリースの『The Gospellers Works 2』では黒沢薫が三浦大知に提供した「Keep It Goin' On」をPenthouseをフィーチャリングに迎え、グループとしてカバー(Penthouseは『A(エース)』に続いてこの分野とのつながりが見られる)。さらには8月にリリースされる黒沢のソロ作にはSKY-HIが参加するなど、前述したアカペラグループのフックアップに止まらず、旬のミュージシャンとの交流が改めて活発になっている。
これらの動きを「学生アカペラ」「ハモネプ」「(声だけの音楽ゆえに求められる)音楽的なスキル」といった切り口からまとめ直すことで、「アカペラ史観」とでも言うべきこれまでになかったストーリーを描くことができるはずである。
実は筆者自身、杉山がStreet Corner Symphonyに所属していた時期に、同じ界隈で活動していたバックグラウンドがある。『ハモネプ』ブームに伴う学生アカペラ界の隆盛も当事者として体感した。あれから20年近く経って、『A(エース)』のような作品を通じてアカペラがJ-POPにおける1つの歴史として描き出されているということに、ちょっとした興奮を覚えている。そしてその歴史は、多くの人たちにとっては意識されない形で日本の音楽シーンに影響を及ぼしているのである。
(※1)https://www.aoppella.com/