Ghost like girlfriendにとっての「音楽」という大きな兆し 変わらないスタンスと変化するマインド

 Ghost like girlfriendが、2ndフルアルバム『ERAM』を完成させた。この不思議なタイトルの意味は以下のインタビューを読んで確認してもらえればわかるが、この作品でGhost like girlfriendこと岡林健勝はこれまでとはまったく違うマインドで音楽に取り組んでいる。

 前作『Version』以降に起きたアーティストとしての周囲の環境の変化、そしてコロナ禍という世の中の大きな出来事。その中で考えた「自分にとって音楽とは何か」「音楽を通して自分は何を届けたいのか」というテーマが、今作のこれまで以上に人間的なポップミュージックには息づいているのだ。今作にたどり着くまでにどんな思考を経てきたのか、そしてその思考をどのように音楽に落とし込んでいったのか。そのプロセスを、岡林は丁寧に語ってくれた。(小川智宏)

光や救いのあるアルバムにしたかった

ーー前回取材させていただいてから1年半ぐらい経つんですが(※1)、去年、2021年というのは制作にどっぷりという感じだったんですか?

岡林健勝(以下、岡林):そうですね。去年の春ごろから曲を作り始めて、アルバムが完成したのが今年の4月だったので、本当に丸1年。2曲目に入っている「光線」が3年前に作ったものなんですけど、2ndアルバムというものを意識し始めたのは前作の1stアルバムが出来上がった直後くらいからだったので、足掛け1年ともいえるし、そういう意味では3年ともいえるし。そういう感じですね。

Ghost like girlfriend Now & Then & Fun  第二回「光線」

――その間には、Ghost like girlfriendを取り巻く状況という意味でも、世の中という意味でもいろいろなことがあって。その中でEP『2020の窓辺から』が生まれて、ツアーもやって。そこからはどういうふうに進んできたんですか?

岡林:1stアルバムの『Version』を作り終わってから、制作をやりながら、ツアーの行程を作ったり、各所に連絡をしたり、いわゆるマネージメント的な業務も並行してやっていたんです。それで『2020の窓辺から』を作ってツアーまで終わった後に、やりきった感が出てきて。その直後にもライブはいくつかやっていたんですけど、関西でのライブの後にそのまま実家の淡路島に帰って、10日ぐらい休んでいたときに、「そうか、全部一緒くたっていうのは俺は無理なんだな」と気づいたんですよね。何か1個に集中しながらやらないとなと思ったときに、「じゃあ制作をゆっくりやっていくか」って決めて。それが去年の3月初めぐらいなんですけど、4月から8月まではひたすら自宅で弾き語りで詞曲だけを作っていました。ポップスとしてすごく純度の高いものを作りたいなという意識がずっとあって。

――そうしようと思ったのは、岡林さんの中に何か理由があったんですか?

岡林:コロナ禍で変わったこととして、良くも悪くも人の気持ちがわからなくなったなって思うんです。たとえば1個の議題に対して、AかBかと思っていたものが、コロナ禍を経て、CもDもあって、答えが100も1000もあるみたいなことが、世界情勢だったり、自分の身の回りの仕事関係だったり「この人にはこれぐらい選択肢があったんだ」ということが巻き起こりすぎて。そういうことを経験して、人の気持ちがわかる人間には絶対なれないなって思ったら、なんかすごく寂しくなったんですよね。だからこそ、人ともっと共通項がほしくなったというか。自分と人との間にありそうな気持ちや、自分もいろんな気持ちを抱えてる中で、これだったら自分以外の人も思っていそうだなっていう気持ちをまずピックアップして、それをなるべく伝わりやすいような形にして……要は人との接点を作りたいがために曲を作りたいという思いになったんです。

――『2020の窓辺から』のときはそうやって外向きにメッセージを発信していくことに対して、勇気を持って踏み込むような感じだった気もするんですけど、今回はより自然にそっちに向かっている感じがしますよね。

岡林:そうですね。それこそ昨年の4月から8月までの制作期間は、ほとんど人と会っていなかったんですよね。最大で丸2カ月、人と会わなかった。それはいろんなことが重なってなんですけど、情勢的にも人と会う口実を作りづらかったりもしたし。だからたぶんその中で、より人の気持ちがわからなくなったし、人に会う資格もないかもしれないけど、でも会いたいみたいな。そういう気持ちがどんどん強まっていった結果、生まれた曲が今作の大半で。その人恋しさの濃度がそのまま表れているんだと思います。

――そうやってマインドを変えて曲作りに取り組んでいく中での感触はどうでしたか?

岡林:もともと自分がやりたかった音楽にすごく近づいた感じはあります。高校生の頃から「いつかこういうのをやれたらな」って思っていた、10年ぐらい温めたものを一旦全部、自分が持てるアイデアを注いで作ったのが今作だったりするんです。だから「そうそう、これがやりたかったんだ」っていうのが、できあがったときの感想として真っ先に浮かびました。完成したアルバムを「よかったら聴いて」と知り合いに送ったりしてたんですけど……一番仲のいい友達のお母さんが、それまであんまりGhost like girlfriendをよく思っていなくて(笑)。「ああ、オシャレ系の人ね」みたいな感じだったらしくて。そのお母さんは槇原敬之さんとかMr.Childrenさんとか、いわゆる王道のJ-POPがすごく好きらしいんですけど、「Birthday」あたりから「あの友達のデモ出来上がったの? 聴かせてよ」って言うようになったらしくて。それで今回のアルバムを聴いて、過去作も聴いて、「ずっとポップスをやってきた人なんだね」ってガラッと見る目を変えてくれたみたいなんです。

――へえ、いい話!

岡林:「そうなんですよ!」っていう(笑)。だからやっていることとか目指してることはこの10年変わってないつもりではあったんですけど、ベクトルを変えた途端に齟齬がなくなったというか、ストレートに伝わった気がしてますね。

――だから本質は変わっていないと思うんですけど、それを伝えるフィルターというか、岡林さんと世の中の間の翻訳機能がアップデートされたんだと思います。自分だけの言語で書くんじゃなくて、共通言語を探して一生懸命書いている感じがする。

岡林:そうですね。そこが変わった感じは確かにするし、今まで自分だけの言葉だったら避けていたところも、自分と人との間に「この気持ちだったらありそう」といったことが、すごくさりげないことでも書けたり、そういういろんな気づきはたくさんあって。それがこのアルバムにいい作用をもたらしてくれたなと思います。

――そうなると、歌詞にできる感情や出来事も増えたんじゃないですか?

岡林:このアルバムの歌詞を書いているときに、ピチカート・ファイヴの小西康陽さんが「メッセージ・ソング」という楽曲に関して話しているインタビューを読んだんですけど。あれはじつは離婚調停中に、娘さんの親権のやりとりをしている最中に作った曲だっておっしゃっていて。俺はあの曲をすごく純粋なラブソングと思って聴いていたんですけど、根本はすごくヘビーな曲で。でもそれを形に起こしたときに、サウンドはすごくキラキラしているし、歌詞もピュアになっている。だから切り取り方と、それをどういうユーモアで見せていくかを習得すれば、何を書いても自分らしくなるんだなって。本当に今作は、夜中ラーメンを食べに行くだけとか、コインランドリーに行くだけとか、明らかに人生のダイジェストに残らないような、些細すぎるようなことしか書いてないんですけど、それをいかに華やかに切り取るかということは意識していて。そういう意味でも、出発点が変わった部分があって、自分の歌詞における可動域はだいぶ広がった気がしてますね。

――ラーメンもそうですけど、今回、歌詞に食べ物がいっぱい出てくるんですよね。

岡林:はい(笑)。表題曲の「ERAM」っていうのも、「EAT RAMEN AT MIDNIGHT」の頭文字なんです。

Ghost like girlfriend - ERAM Music Video

――ああ、そういうことなんですね(笑)。

岡林:というのも、この3年、やるせなさみたいなのがなかった日があんまりなくて。ずっと何かしらのやるせなさが付きまとっていたんです。そうやって自分の精神力とか体力とかがなくなっていくと、食べたいものすら浮かばなくて、コンビニで小一時間ぐらいウロウロして終わることもざらにあったんですよ。そういう中で何か食べたいものが浮かぶっていうことが、もう1回上がっていく印のように感じて、それ自体がだんだん嬉しくなってきたんですよね。「あ、また復活できそう」っていう兆しが見える瞬間というか。それこそ、前作のインタビューの際に、弁当の話をしましたよね(※2)。

――はい。コロナで外に出られない日々の中で、久々に外出したときに買った弁当がとてもおいしかったという。

岡林:あれもそういうことだったんだと思うんです。そういう兆しそのものを、アルバムを通して描きたかったんです。光や救いのあるアルバムにしたかったので、それのシンボルって何だったっけなって考えたときに、食べたいものが浮かぶというのが、自分の身の回りにある一番のシンボルである気がしたんです。だからご飯類は意図的に、半ば無理くり入れ込んだりもしました。それぐらい、自分の中では大事なきっかけだったんですよね。引き続きやるせなさはあるんですけど、何が自分の身に巻き起こったら大丈夫とか、そういうのはこの3年ですごくわかった。日常の乗りこなし方というか、前よりも勝手がわかるからたぶん大丈夫って。

――たとえば「Rainof○○○」や「面影」のような曲でも、気分としては落ちている状態を書いているんですけど、ちょっとずつ光みたいなものが描かれていて。

岡林:そうですね、「浮上する」ような感じ。徹底してそこは書こうというか、落ちている中でも、ちょっとした光が見えていることが重要というか。光の描写っていうのは全曲通して入れ込んでいますね。「こういうことがあっても兆しはあるっぽいよ」と自分にも言いたかったし、人にも伝わってほしかった。だから今作が出来上がったときに、「Birthday」の歌詞に今自分がしたいことが全部書いてあるなと思ったんです。〈君にあげたい事と、君が喜ぶ事の/その間に素敵な言葉があれば良いな〉。この気持ちをもとに、今回の作品は歌詞も曲もアレンジも全部作ってる感じがして。

Ghost like girlfriend – Birthday【Official Music Video】

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