稲葉曇、「ロストアンブレラ」ブレイクを経た変化 ボーカロイド 歌愛ユキを選んだ理由や音楽的ルーツも明かす

稲葉曇「ロストアンブレラ」を経た変化

 2016年にボカロPとして活動をはじめて以降、歌愛ユキを使った楽曲で人気を集め、代表曲「ロストアンブレラ」がTikTok経由で海外にも広がった稲葉曇。彼が2019年の『アンチサイクロン』に続く2作目のアルバム『ウェザーステーション』を3月23日に発売する。

稲葉曇 2nd Album『ウェザーステーション』クロスフェード

 リアルサウンドでは、アルバム発売に際して本人にインタビュー。収録曲の制作エピソードは後編に譲るとして、この前編では、ボカロPとして活動をはじめた経緯や、「ロストアンブレラ」のブレイク、そして音楽をつくるうえで大切にしていることなどを聞いた。(杉山仁)

母親が歌愛ユキだとしたら、父親はwowakaさん

――稲葉曇さんが音楽をはじめたきっかけはどんなものだったんですか?

稲葉曇:もともと中学の頃に吹奏楽部に入っていて、その頃はパーカッションをやっていました。

――そうなんですか。

稲葉曇:当時はドラムとかをやっていましたね。なので、最初は作曲は全然できなかったんですけど、高校に入った頃にボーカロイドや“歌ってみた”にのめり込んで、作曲をするようになりました。当時同い年でボカロ曲をつくっている方がいて、その方も吹奏楽をやっていたということを知ったんですよ。「自分にもできるんじゃないか」と思えたことが、曲をつくりはじめたきっかけでした。

――ボカロ文化は「自分にもできるんじゃないか」と色々な人の背中を押してくれた文化でもありますが、稲葉さんもそのひとりだったんですね。

稲葉曇:そうですね。自分で歌わなくても、作曲さえできれば作品がつくれる、という。ボーカロイドの曲をたくさん聴いていて、「こんな曲をつくりたい」「こんな曲があったらいいのにな」と思うようになって、それで自分でも曲をつくるようになっていきました。最初はパーカッションの経験しかなかったので、コードも何も分からなかったんですけど(笑)。

――メインで使っているボーカロイド 歌愛ユキと出会ったのはどういう経緯だったんでしょう?

稲葉曇:歌愛ユキはボカロPの想太さんの楽曲がきっかけで知ったんですけど、曲を作り始めた当時は鏡音リン・レンを使っていました。でも、曲をつくっていくうちに、どういう曲をつくりたいのかが自分でも分かってきて、「つくりたい曲にもっと合う声がいるんじゃないか?」と色々探した結果、歌愛ユキの声に辿り着きました。歌愛ユキって、使っている人は多くはないかもしれないですけど、声がめちゃくちゃ魅力的だと思っていて。自分も歌愛ユキの曲をもっと聴いてみたい、と思ったのが最初のきっかけです。

――歌愛ユキは実際の小学生をモデルにした声にもかかわらず、どこか大人びた雰囲気もある不思議な声質ですね。

稲葉曇:小学生の女の子の声をモデルにしているので、声自体は幼いはずなんですけど、実際に聴いてみるとすごく落ち着いているというか、ボーカロイドのよさと人間味のよさのバランスがちょうどいい感じに混ざり合っている気がします。めちゃくちゃ滑舌がいいわけではなくて、むしろ悪い方だと思うんですけど、それも味や個性になっているというか。あと、僕はwowakaさんの音楽が大好きで本当に影響を受けたので、僕自身もその先にある音楽を探してみたい、と思っていて。そのときに、誰もやったことのない新しいことをしたいと歌愛ユキを選びました。

――自分自身の音楽に合う声を探してみよう、と。

稲葉曇:はい。自分の場合、ルーツとしてwowakaさんの影響が本当に大きいんですよ。

――wowakaさんは生前「母親が初音ミクで、父親がNUMBER GIRL」と言っていましたが、稲葉さんの楽曲の雰囲気も、どこか近いものを感じますね。

稲葉曇:それはすごく嬉しいです。僕の場合は母親が歌愛ユキだとしたら、父親はwowakaさんというくらい、聴き過ぎていて浸み込んでいるというか。浮かんでくるアイデアは無意識のうちに影響を受けていると思います。なので、そうやって影響をもらったものも大切にしながら、今度は自分なりの音楽をつくっていこう、と思っています。

――2019年のアルバム『アンチサイクロン』を出して以降、最新アルバム『ウェザーステーション』までの間に印象的だった出来事はありますか?

稲葉曇:TikTokで「ロストアンブレラ」をたくさんの人に聴いてもらったことは、本当にびっくりしました。TikTokってJ-POPや洋楽、K-POPのような音楽が流行るイメージを持っていたので、そんな場所で、しかも海外の人たちがBGMとして自分の曲を使ってくれる様子を見て「何が起こってるんだろう?」と。色んな方が聴いてくれて、海外の言語でもコメントをしてくれて。まったく想像をしていなかったことだったのですごく嬉しかったです。

稲葉曇『ロストアンブレラ』Vo. 歌愛ユキ

――そうした経験を経て、曲づくりで何か変化した部分はあったと思いますか?

稲葉曇:自分の曲はもともとそこまで難しい歌詞ではなかったとは思うんですけど、よりシンプルな言葉遣いを心がけるようになったかもしれません。難しい言葉は使わないようにしながら、でも奥深いものを表現できたら、と思うようになりました。自分の曲って、たぶん小学生でも分かるような歌詞になっていると思うんですけど、そんな言葉遣いでも雰囲気があって奥行きを感じてもらえるようなものを目指すようになった気がします。

――同時に、国内でもリスナーが増えている状況で、最近では稲葉さんが聴いてきたボカロPの方々と一緒になる機会も増えていますね。

稲葉曇:はるまきごはんさんと煮ル果実さんが企画したコラボコンピレーションアルバム『キメラ』(2021年10月発売)で、Neruさんと共作させていただいたことは印象的でした。実は高校生のときに軽音楽部でNeruさんの曲を演奏していたので、ありえないことが起こっているようで嬉しかったですね。ずっと聴いていたボカロPの方々に会うことができたり、自分の曲の感想をいただく機会が増えて、「頑張ってきてよかったな」「続けてきてよかったな」というのは、ここ最近で思うことが増えました。

――この新作までの経験は、稲葉さんの中でも大きなものだったんですね。

稲葉曇:自分はボカロをずっと聴いてきたので、「ボカロ文化に貢献したい」という気持ちがあるんです。自分自身、ニコニコ動画がタダでも音楽を聴ける環境をつくってくれて、みんなが動画を投稿してくれていたおかげで、色々な音楽に触れられた面もあるし、辛いときに曲を聴いて紛らわせたりして本当に助けてもらったので、「もらったものを返したい」という気持ちがあって。2021年は、楽曲をより多くの方々に聴いてもらうことができて、コンピに参加させていただいたり、二次創作をたくさんつくってもらったりもあって、自分もボカロにもらったものを返せるようになってきたのかな、と少し思うことができました。

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