『maison skeleton』インタビュー
空音が語る、自分というブランドへの確かな手応え 「嫉妬とネガが入った意見をもらえる方がむしろポジティブ」
空音が新たな配信EP『maison skeleton』をリリースした。クールなトラックメイクが光る「all done」、ヒップホップ・ジャズバンド Black petrolとコラボした躍動感溢れる「STREET GIG feat. Black petrol」、生活も垣間見えるようなユーモラスな2曲「oops, ketchup and mustard...!! 」「不貞寝」、今年の自身のストーリーや想いをリリックに乗せた「2021」など、癖になる幅広い5曲を収録。ヒップホップに強く共鳴しながらも、ジャンルレスな活動を続ける空音のアティテュードが強く感じられる作品だ。今回は、そんなもう一段階パワーアップした空音の今の視点からこれまでを振り返りつつ、「振り切れてできた」という『maison skeleton』の制作についてもじっくり語ってもらった。(編集部)
初のサイファーから「Hug feat.kojikoji」ヒットに至るまで
ーー空音さんは、元々はMCバトルに出ていたという印象も強くて。その辺りのお話から伺ってもいいですか?
空音:高校生のとき、同じクラスで仲の良かった子がラップが好きで、ちょうどフリースタイルブームも来つつあり、家の中でずっとYouTubeでフリートラックを流しながらラップしていたんです。そこから、その子と「サイファーやってみるか!」となって。地元のJR尼崎駅のロータリーのところでサイファーをやりに行こうと思ったら、その日たまたま俺たちより先にやってる人が2人いたんですよ。その人たちと合流し始めてから、面白いなって。その時期は毎日サイファーしていましたね。
ーーそうだったのですね。そこから自然な流れで音源制作も?
空音:その延長で、同じ兵庫県の西宮でサイファーをやっている子たちが来てくれて、今はその子も同じクルーにいるんですけど、彼から「空音、歌詞書いてんの?」って言われて。それで、トラックを聴かせながらなんとなく書いてたリリックを歌ってみたら「マジでヤバいから、1回レコーディングしてみたほうがいい」って言われて、そんな感じで初めてレコーディングしたんですよ。
ーー2018年には、『BAZOOKA!!!第14回高校生RAP選手権 in NAGOYA』にも出場しています。
空音:音源を作り始めたタイミングで、『高ラ』(高校生RAP選手権)のオーディションを受けたんです。受かると思っていなかったんですけど、まさか、受かって。でもその時期から、意識的には(バトルよりも)ほぼ音源にシフトしていたんで、「負けても売名行為になればいいな」と思いつつ(笑)、今に至るという感じです。
ーー『高ラ』や他のバトルに出たことで、自分の名前が売れたという実感はありましたか?
空音:ありました。そこは戦略的に行きたいなと思っていて、『高ラ』に出るタイミングで音源を出したんです。そうしたら界隈のリスナーが「音源の方がいいんじゃない?」みたいに反応してくれて。それからはずっと音源を作っていって、途中でBASIさんに出会ったこともあって、結構リリースペースも早かったですね。
ーー高校生時代にEPやアルバム『Fantasy club』もリリースし、そのまま上京するわけですけど、周りから反対などはありましたか。音楽で食っていくぞ、という確信はすでにあった?
空音:高校を辞めたときに、内定も辞退して、就職の道を断念したんです。その時点で「音楽でイケるな」って確信的に思っていました。というのも、TuneCore Japan経由でリリースしていた音源の稼ぎが、当時のバイト代より4〜5倍高かったんですよ。だから「俺は絶対にこれをやった方がいいんだ」と親を説得しつつ、家にもお金を入れていました。だから親も「この子、割と稼いでるんだな」とわかってくれて。地元の仲間たちはめっちゃ前向きに「行ってこいよ」って応援してくれましたね。俺が音源で生計を立てていることもわかってくれていたので。
ーー現代ならではのスピード感、という感じがします。
空音:それはすごく感じます。当時、僕らの周りの大阪のクラブにいた人たちの間の意識って、デモCDを作って無料で配ったり、EPを作って盤を売るっていう感覚だったんです。
ーー私も世代的に、駆け出しの頃はとにかくデモのCD-Rを作って関係者に渡すというストリート・プロモーションが大事だと思っていた世代ですから、よくわかります。
空音:でも、僕は絶対にネットの方が強いと思っていて。それは、自分でもYouTubeに音源を上げて、その再生回数が伸びたぐらいから感じていたことでした。だから、コストを掛けずに自分が一番簡単にネットで曲をリリースできる方法をすぐに調べたんですよ。それが唯一、TuneCoreやったんです。実際にリリースしてみると、収入が入ってきた。そこから割と、僕の周りの人たちもTuneCoreからリリースし始めて「音源でお金もらえるんや」みたいな意識に変わり始めたんです。
ーー私が空音さんを知ったのは、多くの方と同じように「Hug feat.kojikoji」だったんです。しかも高校生で、すごいアーティストが出てきたなと。「Hug」に関しても戦略があったんですか?
空音:いや、あれはマジでなくて。「いい曲を作ろう」という根本的な意識だけやったんです。kojikojiちゃんも、その時はフォロワーがまだ3000人ぐらいだったんですけど、「一緒に作ってみよう」と。もともと僕の中では「すごく良い曲になっていってんな」と思ってたら、TikTokで話題になって「うわ、やばいな」と思うくらいになってしまった。
ーーみんな「Hug」で踊って、TikTok上でもトレンドになっていましたよね。YouTubeのMV再生回数もすでに3,700万回を超えていて。これだけのヒットになったことに関して、空音さんご自身はどう感じているんだろうと思っていたんです。
空音:僕としては、もう別にライブで歌わなくてもいいかなと思っているんです。やっぱり「Hug」以降に出した曲は、僕がもともとやりたかったことにいきなりシフトしすぎていて、「Hug」でついてきてくれたファンの子達が、「空音は何をやってる人なんだろう?」と追いつけなくなっているみたいな感じになっている。もちろん、僕が「Hug」みたいな楽曲だけに焦点を当てて、ある意味セルアウトしておけば、もっと違ったと思うんですけど、それは無理だったんですよね。だから、もう「Hug」にあまりこだわりはないです。僕を知ってくれる機会になって嬉しいですけど、もっとかっこいい曲も知ってくれたら嬉しいかなって。
ヘイターたちを自分のリスナーに変えるために
ーー空音さんがいろいろとジャンルを越えた試みに挑戦していらっしゃる姿は本当によく伝わってきますし、メディアで賞賛されているポイントでもあると思うんです。でも逆に、セルアウトできないラインというか、空音さんの中で「絶対にここだけは曲げられない」みたいなヒップホップマインドはありますか?
空音:それはあって、だいたいEPやアルバムの冒頭には純然なヒップホップたる曲を持ってきています。『TREASURE BOX』の「scrap and build」もそうやし、『Alcoholic club』に入っているA.G.Oさんプロデュースの「TSUMAMI」もそうやし。それだけは忘れたくないなと思っていて。今回のEP『maison skeleton』の場合は「all done」っていう曲で。こういった曲は、いい意味での尖りがある曲なんです。例えば今作に入っている「oops, ketchup and mustard...!!」だけを聴いて、「やっぱりそういう曲の雰囲気が強いね」って思われたとしても、「いや、1曲目ちゃんと聴いたか!?」って言える材料は絶対いるなと思ってるんです。それに、そういった曲の作詞が好きなんです。
ーーなるほど。確かに「all done」はご自身の地元のクルーでもあるC6C(circle 6 clan)へのネームドロップもありますもんね。『maison skeleton』は、最初からテーマやイメージを決めて作ったものですか?
空音:いや、曲を集めていって、最後にタイトルやジャケを決めていきました。収録されている5曲は、テーマもビートも全部違うんです。
ーー先行配信されていた「STREET GIG feat. Black petrol」はとにかくグルーヴが太い! と思いながら聴いていました。Black petrolは関西を拠点にしている2MCのヒップホップ・ジャズバンドですが、この曲はどういった経緯で作られたものですか?
空音:Black petrolのMCであるSOMAOTAのことはもともと知っていて、とにかくリリシストですっごくかっこいいんです。その流れで、もう一人のMCのONISAWAのことも知っていて。この曲名にも「ギグ」ってフレーズを入れていますけど、彼らは本当に、京都の河原町の方で、楽器を持って行っていきなりその日に演奏する、みたいなことをしているバンドなんですよね。若いのに、この感性でヒップホップ・ジャズバンドっていう風に振り切ってるのがすごいなと思ったんすよ。それで、何かやってみたいなと思ったんです。
ーー元々、空音さんご自身もバンド活動をしていて、これまでにクリープハイプとのコラボ経験もありましたが、改めてこうして同世代のバンドの皆さんと一緒に制作してみて、新たに受けた刺激などはありますか?
空音:Black petrolが、クリープハイプと全然違うのは、やっぱりヒップホップという概念のもとでバンドを組んでるから、そこの感性などが渋いなと思いました。あと、サウンドのこだわりもそうだし、自分があまり普通ならやらないことを軽々しくできる感じがすごいなと思って。挑戦的に、何でもやってみる自由さがあるのかな、と。
ーー個人的に、この曲の中で空音さんが言っている〈“羨み恨まれるLifeであれ”〉っていうリリックが深いなと思っていて。
空音:僕は人生において、嫉妬とネガ(ティブさ)が入った意見をもらえる方が、むしろポジティブだなと思っているんです。それは1曲目の「all done」でも言ってるんですけど。「あいつ、ヤバすぎる」って裏で思っているくせに、表向きにはディスることしかできない感覚の人たちに対しての、強い一文ですね。それと同時に、自分自身この気持ちを忘れたくないなとも思っているんで、その後に〈俺の中の俺がそう言うんだ〉っていうリリックに繋げている感じですかね。
ーーヘイターに対する気持ちや表現って、空音さんの曲には頻繁に登場しますよね。彼らの存在が逆に大きな原動力になっているんだなと思うんですけど、最初からそういう気持ちになれました?
空音:僕は今、キャリアが3年目くらいなんですよね。やっぱり1曲がバズってから今の立ち位置になって、それから感じたことでもあるんですけど、大阪の小箱からちゃんと成り上がってきて、しかも周りも引き連れて上がってこれたのに、そこを伝えきれてへんな、と。ネットだけの発信力だと、そこまで伝えることが難しいなと思っているんです。その気持ちは、ずっとあるかもしれないですね。
ーーでもそれって、空音さんの強みでもありますよね。
空音:そうですね。それにずっと文句を言われるってことは、ずっとその人たちの目に留まっているってことだと思うんです。ヘイターたちの言葉も愛やと思っているので、そこからちゃんと自分のリスナーに変えられる軌道を作ろうかなと思っていて、今回のEPはそういうチャレンジ的な作品でもありますね。