『story of Suite #19』インタビュー
AA= 上田剛士、素通りできない現実を描写した異色の1枚 「特殊な時間にいることを形にしておきたかった」
「売り方よりも作れることのほうが重要だった」
ーー実際、思っているけどなかなか口に出せずにいることが多々ある中で、「あ、言ってくれた!」と感じながら聴くことになる人もいるはずだと思うんです。それこそ「Suite #19」を作った時点では、その先の世の中の流れは読めなかったはずじゃないですか。想像すればするほど悪い方向に発想が向かうようなところがあったのではないかと思うんですが、それでも創作をすることに怖さを感じるようなことはありませんでしたか。まったく希望のないものになってしまうんじゃないか、というような。
上田:うーん……自分にはたぶん、最終的には楽観的になれるところがあったんでしょうね。そのままの世界が戻るかどうかは置いといて、それでも当たり前に時は進んでいくし、時代は進んでいく。そういう意味では、未来がまったくない世界になるとは思っていなかったので。
ーーつまり次の季節への扉があるはずだ、ということ自体は信じていたというか。
上田:そう。たとえば組曲になっていた時の最後のところに、ちょっとしたパッドみたいな音が入ってるんですけど、これが今回の最後の曲(同楽曲に続いて今作に収録されている「Chapter 9_SPRING HAS COME、取っ手のない扉が見る夢、またはその逆の世界」)の発端になっているというか。そこからあの曲自体を作っていったんで。曲としてはその時点ではまだ存在してなかったんだけど、あのシンセのパッドみたいなのが流れてる時点で、そういうイメージを自分の中で持っていたってことですね。
ーーつまり発端と結末があって、その間をきちんと綴っていくような作業でもあったわけですね。
上田:簡単に言うとそういうことです。その真ん中の部分について、もっとちゃんと表現したいなと。混沌としてるし、見えないものが多くて、不安もあって。だけど、なんとなく生きていられて、希望はきっとあって、いつか春が来るとは思っている。でもどのぐらい長く続くかはわからない冬がずっと続いているという、なんかこの不思議な感じというのを。
ーー実際、全体的に冬が描かれていて、雪景色が浮かんでくるような描写が目立ちます。冬の景色というのは薄暗くもあるのに雪景色は明るいじゃないですか。その明るさに騙されるところもあるような気がするんです。現実の世界でも、暗い要素がたくさんあるのに、普段通りの平穏無事な生活が送れていると問題意識も薄れてしまう。そうした錯覚とどこか似ているようにも思ったんですが。
上田:まさにそういう感じだと思いますね。特にこの2年間ぐらいはみんなもそれを実感・体感している時だと思うし。本当に力抜けちゃうようなこともあるし、一方ではすごく怒っているような感じの人もいたり、自分自身の中にそういったものが生まれてくることもあるかもしれないし。でも、このまま終わるとも別に思ってないし、怒りのぶつけ方もさまざま。なんか不思議な怒りを持つ人もいれば、自分的には「ピントが合ってるな」と思う人もいる。いわゆる正解がわからないままの状態というのは常にそういうものなんだけど、それがすごく如実に出ていて、答えを見つけられないことにみんなが苛々してるような時代でもあると思うし。ただ、そんな中にもすごく綺麗が話もあったりとか、希望ややさしさがあったりとか。それによってまた普段見えないものが見えたりもする。そうやって自分の中でいろいろと感じてるものを表現したのが今回のアルバムという感じですかね。
ーーリリースの形態も通常の形式ではないじゃないですか。それはどういった考えからなんでしょうか。通販のみ、配信も当面はなしということで。
上田:結局は「特殊である」というのがしっくりくる答えかもしれないですね。普通のものではないんだ、ということです。
ーー同時に、能動的に手を延ばそうとする人にしか手に入らないものにしたかった、というのもあるのでは?
上田:そうですね。そういう形で出せるのが、この作品的にもいちばんしっくりくる気がしていて。もちろんこの先、これをどうしていくかというのはまだわからない部分もあるんだけど、とりあえず今、みんなのもとに届ける意味では今回のような形もいいんじゃないかな、と。ちょっと申し訳ない言い方になってしまうかもしれないけど、売り物としての考えというよりも自分の作りたい欲求のほうが強くて、売り方については結構どうでもいいと思ってるところもあるかもしれない(笑)。作れること、出せることのほうが自分には重要で。
ーー作品全体の中にある言葉をいくつか拾いながらお聞きしたいんですけど、まず「Chapter 1_冬の到来」を聴いて〈公益〉と〈攻撃〉で韻を踏んでいるのが怖いなと感じました。この作品全体において鍵になってくるのが、冬という季節の長さだと思うんですが、この曲はそれがどれほど長くなるかわからないことを覚悟している内容ですよね。そこに〈この国の扉を閉めてしまうんだ〉という一節があります。自分たちだけの世界に籠って冬眠してしまおうというふうにも聞こえますし、安全や安心感は自分で確保しないとどうしようもないよ、と言われている感じもします。春はいずれ来る、明けない夜はないと信じてはいるんだけど、それがいつか叶う約束はないぞという、ちょっと怖いものでもあります。
上田:そうですね。まさにその、終わりの見えない世界がやってきているということ。あと、扉が閉ざされた世界に閉じ込められるというと、「何に閉じ込められるんだ?」という話にもなってくるんだけど、相対的な意味で言うと、そういうところから始まったということで。
ーーそのまま「Chapter 2_閉ざされた扉、その理」へと続いていく。長い冬の到来を察知したことで、自分の側から扉を閉めなければならない。両側から閉ざされているというか。閉塞感の極致、バベルの塔みたいな感じがします。
上田:自分の気持ち的に扉を閉めるというのももちろんあるし、もっと社会的な部分での扉が閉まってしまうところもあるし。気持ちの部分でもそうだろうし、それこそ人と人との間もそうだろうと思う。
ーー「Chapter 3_美しい世界」には、淡々としているぶん、深刻な怒りを感じました。本気で怒っている時って怒鳴り散らさないように思うんです。しかもそこで〈この世界はとても美しい。/まるで僕らはいないみたいに。〉という言葉が刺さってきます。この一節を聴いた時には「Such a beautiful plastic world!!!」を思い出しました。「こんなにも美しい無機質な世界」と言っていた当時とは深刻さが違う感じがして。
上田:今は、自分の存在みたいなものが見えない時でもあると思うんです。多くのことで苦しんでるという現実も身近にあると思うけど、その目に左右されない人もいれば、そういうところでうまく生きてる人もいるし、狡く生きてる人もいる。それで成り立っているのがこの世界だし、それはもう否定しようがない。それを眺めてる自分の感想みたいな感じですかね。