Adoを巡る3つの視点 「うっせぇわ」にとどまらない歌声の力

柴那典「単に“上手い”、“声がいい”だけではない歌の表現にある幅広さと奥深さ」

 正直、ここまでの爆発的な反響を巻き起こすとは予想していなかった。

 2021年初頭、いくつかのメディアで筆者は「2021年のブレイク候補」としてAdoの名前を紹介した。その時点ですでに火は着き始めていた。10月23日に公開された「うっせぇわ」のミュージックビデオは11月末時点で再生回数1000万回を突破。「すごいことになっている」と感じてはいた。けれど、ここまで一気にマスに波及するとは思っていなかった。

【Ado】うっせぇわ

 もちろんその最大の理由は曲自体に強力なフックと中毒性があったからなのだが、個人的にグッと引き込まれたきっかけは再生回数1000万回突破を記念して12月2日に公開されたピアノバージョンだった。バラードでなくこのタイプの楽曲でピアノバージョンなんだ? と最初は意表をつかれたが、シンプルな演奏をバックにしたことで、Adoの歌声が持つ圧倒的な表現力がストレートに伝わってきた。

【Ado】 うっせぇわ Piano Ver.

 すでに多くの人が指摘しているが、Adoのシンガーとしての魅力は、その多彩な声色にある。「うっせぇわ」で大きくフィーチャーされているのは、喉を潰してがなり上げるようなパワフルな歌声。しかしそれだけでなく、繊細なウィスパーボイス、深みのある地声、伸びやかなファルセットなど、さまざまな声色を自在に使い分ける。一つの曲の中にかわるがわる様々な声が登場する。単に「歌が上手い」とか「声がいい」というだけではなく、歌の表現に幅広さと奥深さが宿っている。

 だからこそ、曲の作り手にとってもAdoという歌い手と結びつくことによって、その思い描く世界が何倍にもなって開ける。「うっせぇわ」は社会現象的なヒットとなったが、Adoは決してこの1曲で消費されるような存在ではない。そのことを強く実感したのが、昨年12月24日に配信された「レディメイド」だった。「うっせぇわ」はボカロP・syudouが作詞作曲を手掛けたが、こちらは「テレキャスタービーボーイ」や「ジャンキーナイトタウンオーケストラ」などを代表曲に持つボカロP・すりぃの手による一曲。スウィングジャズの要素も感じさせつつハイスピードでダンサブルな曲調に、Adoの迫力ある歌声が映える。

【Ado】レディメイド

 さらに2月14日にリリースされた「ギラギラ」は、「ヴィラン」を代表曲に持つボカロP・てにをはが作詞作曲を手掛けた一曲。シャッフルビートの洒脱な曲調に乗せて、劣等感を抱えた主人公の心情やそれを乗り越えるべく奮い立つ美学を歌い上げる一曲だ。

【Ado】ギラギラ

 それぞれ作者が違うので曲調も様々なのだが、抑圧や疎外を共通したトーンに持つのもオリジナル曲3曲の大きな特徴だろう。こうしたテーマはAdo自身の個性にもなっている。

 そして、すでに歌い手として様々なボカロPの楽曲にフィーチャリングで参加しているのもポイントだ。そうした楽曲の数々からは、Adoのボーカリストとしてのさらに幅広い表現を感じ取ることができる。

 たとえば、くじら「金木犀 (feat.Ado)」では、軽やかなダンスビートとベースラインに乗せて切なさを漂わせるメロディを色気ある声で歌う。

金木犀 feat.Ado (Official Video)

 2020年3月に発表されAdoの名を一躍広めたきっかけにもなったjon-YAKITORY「シカバネーゼ (feat. Ado)」は、USヒップホップの潮流を思わせるシンプルなトラックに、諦念や絶望の言葉をドスの効いた声で歌う一曲だ。

シカバネーゼ / jon-YAKITORY feat. Ado (Official Video) - Shikabanese / jon-YAKITORY feat. Ado

 柊キライの「ラブカ? (feat. Ado)」もインパクトたっぷりの一曲だ。2020年12月にボカロバージョンと同時発表された楽曲は、深海に生息するサメの一種「ラブカ」と「Love」をダブルミーニングにした歌詞と、ロマ音楽とベースミュージックが融合したようなシンプルながらも尖ったサウンドを持つ一曲。Adoの歌声が持つ戯画的な側面が引き出されている。

ラブカ? feat Ado

 泣き虫「Shake it Now (feat. Ado)」は、ソロアーティスト・泣き虫が2月10日にリリースした1stアルバム『rendez-vous』に収録された1曲。印象的なハスキーボイスを持つ男性アーティストである泣き虫とAdoによるデュエットで、ギターサウンドをバックにパワフルな二つの声が重なりあうような楽曲になっている。

泣き虫- Shake It Now.(feat. Ado) 1st Album「rendez-vous」2021.02.10 On Sale

 水槽「SLEEP WITH SHEEP (feat. Ado)」は、やはり男女デュエットの曲で、ローファイ・ヒップホップやチルにも通じる柔らかなサウンドの上で、透明感のある水槽の声と溶け合うように、Adoも優しい歌声を響かせている。

水槽 - SLEEP WITH SHEEP (feat. Ado)

 こうして見てみると、Adoという稀有な才能を持つ歌い手が一つのハブになるような形で、ボカロPや歌い手などネットカルチャーに勃興している様々な新世代のクリエイターの才能が一気に浮かび上がってきているような感もある。

 とても興味深い。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」/Twitter(@shiba710)

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