NHKの本気を見た2020年『紅白歌合戦』 史上初の無観客演出で見せたネット時代の音楽番組の可能性

 しかし一方でそうなればなるほど、従来の『紅白』が持っていたテレビの生放送ならではのお祭り的熱気は薄れざるを得ない。そうしたなか、白組司会の大泉洋はそんな熱気を感じさせてくれたひとりだ。大泉はいつものように軽妙なトークで場を盛り上げるだけでなく、歌に感動して涙を流し「ブラボー」と叫んだかと思えば、曲紹介など締めるところは締めるといった感じで、昔ながらの『紅白』らしさを体現していた。

 とはいえ、そうなるのも仕方がない面もある。従来そうした熱気は、その年を代表する歌手やアーティストがNHKホールに集結し、男女に分かれて勝敗を決するという「密」な状況があってはじめて可能なものだったからである。

 だがコロナ禍は、当然ながら「密」を不可能にした。それぞれ離れた場所から歌いつなぐスタイルでは、男女対抗という感覚も薄れる。今回は、白組歌手が次の紅組歌手の曲紹介をする珍しい場面もあった。

 また番組全体を通しても、正式な出場歌手と特別企画出演の歌手とはあまり区別されずに紹介されていたし、司会者の口からは「トリ」や「大トリ」といった表現も聞かれなかったように思う。“大トリ”を務めたMISIAがエンディングで感想を聞かれ、「紅とか白とか関係なく」と言っていたのも印象的だった。無観客になったことを受けて導入された視聴者投票による勝敗決定の演出も、心なしかあっさりとしていた。

 もちろん、いまの時代に男女対抗形式にこだわることにどこまで意味があるのか、と考える人も少なくないだろう。今回の『紅白』は、きわめて特殊な状況下でのものではあった。だがそれは、図らずも近未来における『紅白』を先取りするものになったのかもしれない。

■太田省一
1960年生まれ。社会学者。テレビとその周辺(アイドル、お笑いなど)に関することが現在の主な執筆テーマ。著書に『SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)、『ジャニーズの正体 エンターテインメントの戦後史』(双葉社)、『木村拓哉という生き方』(青弓社)、『中居正広という生き方』(青弓社)、『社会は笑う・増補版』(青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』『アイドル進化論』(以上、筑摩書房)。WEBRONZAにて「ネット動画の風景」を連載中。

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