羊文学、誠実な表現で磁場を広げた2020年 1stアルバム『POWERS』に至るまでの歩み

 そうしたここ1、2年の活動の成果を記した作品とも言えるだろう、12月9日にメジャーデビューアルバム『POWERS』がリリースされた。「mother」の包容力を感じる重心の低いボトム、「ハロー、ムーン」の清らかなサウンド、「おまじない」で響く祈りのようなコーラス、そして「ghost」での光が差すようなファズギター。本作には今の羊文学を象徴する、仄かな前向きさが随所に散りばめられている。キャリア屈指の名曲「1999」で聴ける、未来を祝福するようなギターの音色だってそうだ。思えば10月にリリースしたGOING STEADY「銀河鉄道の夜」のカバーも、豪快ながらも瑞々しいサウンドと、塩塚モエカの神秘的な声が印象的だった。

羊文学 "POWERS" Official Trailer
羊文学 "1999" (Official Music Video)

 羊文学の歌の主人公達は、それぞれ戸惑ったり、我儘になったり、時に感傷的にもなりながら、どこか楽観的に過ごしているように思う。そうした12編のドラマを、塩塚モエカは柔らかい筆致で描いていく。もっと言えば、宙ぶらりんな感情もありのまま綴っていくのである。〈あいまいでいいよ/本当のことは後回しで/忘れちゃおうよ(「あいまいでいいよ」)〉というラインのように、解決できない感情は、解決しないままで受け止める。そうした温度感が、全編通して漂っているのだ。切迫感ばかりが強まる社会の中で、彼女達は白黒つけないことで聴き手にとっての拠り所になろうとしているのかもしれない。このバンドが幅広い層から支持を集めるようになってきたのは、きっとこんなところにも理由があるのだろう。

羊文学「あいまいでいいよ」Official Music Video

 それにしても演奏の良いバンドだなと思う。情感豊かな塩塚モエカのギターはもちろん、感情的になり過ぎずにドライブしていく河西ゆりかのベースと、楽曲のムードを決定づける工夫を凝らしたフクダヒロアの繊細なドラム、そのどれもが不可欠な要素である。音数を絞ることを意識したと思しきタイトな演奏からは、3人の呼吸や息遣いが伝わってくるだろう。羊文学のアンサンブルには、それぞれの人柄がそのまま表出しているように思う。

 2021年の1月からは、東名阪、そしてオンライン公演の計4公演となる1年ぶりのワンマンツアー、『羊文学 Tour 2021 “Hidden Place”』が始まる。中でも東京公演は、バンド史上最大キャパの新木場STUDIO COASTである。そこではどんな景色を見せてくれるだろうか。依然先の見えない日々が続く中、羊文学は〈未来は変わるかもね〉と歌っている。確かなことは何もないが、ささやかな希望だけは手放さない。次代のシーンでアイコンになるのは、きっとこんなバンドなのだろう。自分達の歩幅で、着実に未来を拓こうとしている音がここにはある。

■黒田隆太朗
編集/ライター。1989年千葉県生まれ。MUSICA勤務を経てフリーランスに転身。
Twitter(@KURODARyutaro)

■リリース情報
メジャーデビューアルバム『POWERS』
2020年12月9日(水)発売
内容:CD+DVD
CD:2020年8月19日配信限定リリースの「砂漠のきみへ」、「Girls」(YouTubeドラマ「DISTORTION GIRL」主題歌)昨年末数量限定CDリリース「1999」を含む12曲を収録
DVD:2020年8月に実施したonline tour”優しさについて”から抜粋したライブ映像を収録
価格:¥3,500(税別)
初回仕様:三方背ケース
購入・予約特典
Amazonオリジナル特典:メガジャケ
TOWERオリジナル特典:内容後日発表
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