『ギミ・サム・トゥルース.』発売記念連載 "2020年に聴き解くジョン・レノン"

ジョン・レノンから現代を生きる人々へーー価値観の転換期である今、『ギミ・サム・トゥルース.』が示す指針

 世界が何か大きく変わる「節目」を迎える時、私たちはいつも「ジョン・レノンがもし今生きていたら?」という思いを巡らせてきた。例えばベルリンの壁が崩壊した時や、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が衝突した時、アメリカで初の黒人大統領が誕生した時や、ブレクジットでヨーロッパが分断された時も、「ジョンだったらこんな時、何と言うだろう?」「もし彼が生きていたら、どんな曲を私たちに届けただろうか?」と考えずにはいられなかった。奇しくも彼が生誕80周年、没後40年を迎える今年は、新型コロナウイルスによるパンデミックや、アメリカを中心に広がるBlack Lives Matter運動など、かつてない規模で世界が揺れ動いている。ジョン・レノンによる、鋭く本質を突きながらも時にシニカルでユーモアたっぷりの「言葉」や「音楽」が、彼の死後これほどまでに求められたことがあっただろうか。

 ヨーコ・オノがエクゼクティブプロデューサーを務め、ショーン・レノンがプロデュースしたジョンの新しいベストアルバム『ギミ・サム・トゥルース.』は、あらゆる価値観が変動しつつあるこの時代において、一つの指針となるべき作品だ。アルバムタイトルは、ジョンがソロ名義で1971年にリリースした2ndアルバム『イマジン』に収録された同名曲から取ったもの。「保守的で短絡的で、偏狭な偽善者の言葉に心底嫌気がさしている。俺が欲しいのは真実だけ。ただ真実だけをくれ」と歌われるこの曲は、ベトナム戦争真っ只中に書かれたポリティカルソング。ソーシャルメディアやマスメディアによる「フェイクニュース」が蔓延する現代にも十分通用するような、この曲をタイトルに冠していることからも、本ベストアルバムが今の時代に合わせた選曲にアップデートされていることは明らかだ。

GIMME SOME TRUTH. ULTIMATE MIX. LYRIC VIDEO.

 フォーマットは大きく分けて、36曲収録の2CDバージョンと、19曲収録の1CDバージョンがある。ラスト2曲、「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」と「平和を我等に」を除けば、どちらもほぼ年代順に楽曲が並ぶ。選曲に関しては、例えばジョンの生前にリリースされた唯一のベストアルバム『ジョン・レノンの軌跡[シェイヴド・フィッシュ]』と比較してみると、その傾向が分かりやすい。『ジョン・レノンの軌跡』からは、「母さん、俺はあんたのものだったが、あんたは俺のものじゃなかった」と歌う「マザー」と、女性解放やフェミニズムをテーマに扱うも、原題「Woman Is the Nigger of the World」の「Nigger」が差別用語にあたるため当時全米では放送禁止となった「女は世界の奴隷か!」が、今回収録を見送られたのは妥当な判断といえるのかもしれない。

 逆に、世界から自分が隔絶されたような孤独感を歌う楽曲「孤独」は、コロナ禍にあってより染みるものがあるし、フェミニズム運動や黒人解放運動に参加し、刑務所に投獄されたアフリカ系アメリカ人アンジェラ・デイヴィスの名を取った「アンジェラ」(2CDのみ収録)は、昨今のBLM運動により顕在化したアメリカの構造的な人種差別について、改めて考える機会を与えてくれる楽曲である。

 また、生前最後にリリースされたアルバム『ダブル・ファンタジー』収録曲「ウォッチング・ザ・ホイールズ」は、ジョンが専業主夫としてショーンを育てるため、音楽活動をストップした5年間を歌ったもの。平凡な日常を送る彼に対し「頭がおかしいんじゃないのか?」「そのままだと破滅するぞ」と言い募ってくる周囲の人間たちに対し、「何を生き急いでるんだ? 俺は時の流れに身を任せ、ぐるぐると回る車輪を眺めてるだけだよ」と返すジョンの言葉は、夫婦のあり方、育児の役割分担、働き方に対する価値観の転換期である今こそ、じっくりと耳を傾けたくなる。

WATCHING THE WHEELS. (Ultimate Mix, 2020) - John Lennon (official music video HD)

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