「コロナ以降」のカルチャー 音楽の将来のためにできること
ディスクガレージ 中西健夫氏が語る、持久戦に向かうライブ・イベント業界の今後「脱落する人をどれだけ救えるかがテーマ」
コロナ禍における音楽文化の現状、そしてこれからについて考えるリアルサウンドの特集企画『「コロナ以降」のカルチャー 音楽の将来のためにできること』。第5回は中西健夫氏(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長・株式会社ディスクガレージホールディングスグループ代表)へのインタビューを行った。全国的な緊急事態宣言が解除され始め、少しずつ収束への兆しが見えつつある中でもさまざまな課題と向き合い続けることになるライブ・イベント業界。これまで数多くの公演の開催に携わってきた同氏に、現状の問題点に加えてライブが支えてきた音楽文化の成長、今後の発展のために大切なことを聞いた。(5月14日取材/編集部)
リアルなライブの再開には“共存”という形のガイドラインが必要
ーーまずはコロナ禍におけるライブ・イベント業界を振り返っていただき現状をお聞かせいただけますか。
中西:まず2月26日にイベント自粛要請が出て、そこから急遽ライブやイベントの中止や延期が相次ぎました。はじめは「2週間程度様子を見る」というお話が出ていて、インフルエンザの流行と同じような形で収束に向かっていくのではと予測しながら、3月中旬頃までは衛生管理を徹底すればコロナの感染拡大を防ぎつつ「夏ぐらいには夏フェスや野外でのライブから再開できるのではないか」というイメージは何となく持っていました。
しかし、様々な場所でクラスターが発生し始め、感染の恐れがあるとライブハウスが名指しされたあたりから、どんどんフェーズが変わっていった。4月7日に非常事態宣言が出されてからほぼみんなライブやイベントの開催が難しくなることを覚悟したんじゃないでしょうか。この状況の中でライブをするということは、人の命を守らないということにもなりますよね。なので、今はどう考えてもライブを行うというスタンスにはなく、そういう意味でいうと、正直、コロナの“収束”というよりも“共存”という形のガイドラインができない限りは、リアルなライブの再開は今のところ考えられないというのが現状だと思います。
ーー音楽業界の中でもっとも甚大な被害を受けたライブ・イベント業界ですが、具体的な損失や被害など教えていただけますか。
中西:ライブエンターテインメントのみならず、たとえばプロ野球やサッカーのJリーグ、そもそも中止になったラグビーやバスケットボール、演劇、ミュージカルなども含めて、お客さんを前にして行う“オールエンターテインメント”は5月いっぱいまでで15万3千本がなくなり、被害総額が3300億円、また、興行の中止に伴い約1億1千万人の動きがストップしました。
2月26日の自粛要請以降は、スポーツ業界とも連携を取って「いつから再開できるのか」という話をしていました。プロ野球は、3月のオープン戦を無観客で開催していたので、最初は僕たちも「早ければゴールデンウィーク明けあたりにはスポーツは再開できるのではないか」と思っていました。プロ野球とJリーグには一般社団法人日本野球機構(NPB)と公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が共同で設立した「新型コロナウイルス対策連絡会議」の専門家委員会の方がおられて、その方々との話では、その時点で専門家の方も事態がいつどうなるかはわからないという状態でした。そして話し合いをしながら様子を見ているうちに、世界中にコロナウイルスの感染が広がったことで、一気に空気が変わりました。
ーー空気感でいうと、海外アーティストを招聘しているプロモーターやエージェントの方が中止や延期などの影響が早かったように思います。
中西:その通りですね。Live Nationなど海外アーティストのエージェントが全世界のライブやツアーをしないという情報が入ってくるようになって、渡航禁止や入国制限などが各国間で増え始めてからは、ライブどころではなくなっていったというのが現実ですね。
ーーディスクガレージホールディングスグループの代表であり、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会の会長を務めている中西さんはライブ事業に長く邁進されてきました。ライブがアーティストの成長、ひいては音楽文化の発展をどのように支えてきたのか、改めて教えてください。
中西:これまでは……という言い方になってしまうのですが、ライフスタイルがどんどん変化していく中で、ライブで感じられるリアルさを人々がより求めるようになっていったと思います。一つの要因として、この10年間でインターネットやSNSが普及・発達して音楽市場もCDから配信などに移行していったことによって、「音を聴く」方法は変化していきましたが、音を聴くのではなく「ライブで音を生で楽しむ」という音楽体験の需要がこれまでよりも高まりました。ライブでの一体感やファン同士のコミュニティも含めて、今のインターネット社会であるがゆえに、人々がリアルを求める傾向にあったのかもしれません。
ライブの楽しみは、“感覚”を全員で共有できること
ーー中西さんの中でも忘れられない、印象的だったライブシーンはありますか。
中西:本当にたくさんありますが、GLAYが1999年に幕張メッセ駐車場特設ステージで世界最大規模の20万人を集めた『GLAY EXPO'99・SURVIVAL』は、当時社会現象を起こしました。ほかにも、1988年4月に完成直後の東京ドームでBOØWYが解散ライブ『LAST GIGS』を行った時など、社会現象化した音楽ライブの場面はいくつもあります。そういった歴史や伝説が生まれるライブの達成感はとても大きいですね。ライブが好きな人には伝わると思いますが、ライブ中に会場を包む空気が完全に同化する瞬間ってあるじゃないですか。ライブの楽しみは、まさにその“感覚”を全員で共有できることだと思うんです。
無観客での配信などは様々な覚悟の上で発信している新しいコンテンツではありますが、そもそもアーティストを創り上げるというのは、リアルな観客がいてこその成長もあるかと思います。また、ネットのみを使ったプロモーションでは世の中に出てくるアーティストのタイプが限定されるという危惧もあります。
あとは、リハーサルの時や無観客でライブ配信をする時と違うのは、お客さんを目の前にすることで、パフォーマンスも100%が150%になる瞬間があるんですよね。ステイホーム期間にインターネットを使ったコンテンツもアベレージとしていいものはどんどん出せていると思いますが、ライブでそこを一瞬超えるものはやっぱり人がいてくれるからこそ生まれるのだと思います。よく“ゾーンに入る”という言葉がありますが、スポーツ選手もライブをするミュージシャンも一緒で、そういう瞬間があるんですよね。人間とは不思議なもので、普段の練習やリハーサルでは起こらない予測不能なことが本番で起こることがある。あの興奮や快感は、やっぱりたまらないものがありますよね。
ーーライブやイベント事業がストップしてしまうといった現状に、2011年の東日本大震災の状況を重ねる方も多いですね。
中西:震災のときもそうでしたが、人々が困難に陥った時に僕たちは「絶対に音楽でこの状況を何とかしたい」と思って動いてきました。たとえば、東日本大震災のあとに復興支援としてCOMPLEXやプリンセス プリンセスなどが再結成したことは印象的でした。あの時は、国難に向けて何かを作り上げていく思いを音楽で表現できた。もちろん寄付など様々な支援がありましたが、音楽があったからこそなしえたこともあったし、みなさんがとても喜んでくれました。なので、ライブで人々の心を癒すことができない今の状況との違いをすごく感じています。