『光』インタビュー

輪入道、『フリースタイルダンジョン』モンスターの重圧と戦いながら描いた“光” 「僕なりには全部がラブソング」

 泥臭い生き様と熱血スピットで人気のラッパー、輪入道が通算4枚目となるニューアルバム『光』を完成させた。前作『HAPPY BIRTHDAY』(2019年3月)では、初めて客演ゲストを招くなどして新境地を拓いた彼だが、今回も過半数の曲で新規プロデューサーとコラボ。一方で、dj hondaやDJ OASISといったレジェンドともタッグを組み、ハートウォーミングなラブソング「Ring」や、初めて現代社会をテーマにした「Intersection」、90年代ブーンバップにトライした「Skateboard」など、リリック面でも新味にあふれる一枚をつくりあげた。空から降り注ぐ陽光や、ピカッとまばゆい閃光、夜空を照らす月光や夜明けの暁光など、光にはいろいろあるが、本作で輪入道が描きたかった光はどのようなものなのか。アルバムに込めた思いをじっくり語ってもらった。(猪又孝)

『フリースタイルダンジョン』の2代目モンスターが終わって肩の荷が下りた

ーー前作『HAPPY BIRTHDAY』から、ほぼ1年での新作到着となりましたね。

輪入道:今まででいちばん早くできました。本当はこのペースでやりたいんです。初めて思い通りのペースでリリースできました(笑)。

ーーリリース後の反応を含め、前作にはどんな手応えを感じていますか?

輪入道:改めて、ジブさん(Zeebra)との「UNDERGROUND ROOTS」は、MVを撮って映像に残すことができて良かったなと思ってます。あのタイミングでやったから自分的にも意味があったなと。

輪入道 "UNDERGROUND ROOTS feat. Zeebra Track by BERABOW" Official Video

ーー前作は初の客演曲があったり、新顔のプロデューサーを迎えたりと新しい扉を開けた1枚でした。その点においてはどうですか?

輪入道:客演を呼ぶということの意味が初めてちゃんとわかりました。前作には、ラップを聴きたくて来るお客さんだけじゃない客層の前で歌える曲が今までより多く入っていると思っていて。実際にライブで歌うとそれまでと違う反応があるというか、単純にお客さんが手を上げられるような曲が初めてできた。eillとの「YELL」から自分のことを知ってくれる人もいたし、新しいお客さんも来てくれるようになったから、それがいちばん大きい手応えかもしれないです。

輪入道 / YELL feat. eill

ーー2019年は地元の球団、千葉ロッテマリーンズの応援歌「PINSTRIPE PRIDE」を制作するなど活動の場を広げた一年でもありました。振り返るとどんな年でしたか?

Pinstripe Pride / 輪入道

輪入道:『フリースタイルダンジョン』の2代目モンスターが終わったことが大きいですね。肩の荷が下りてすごく楽になった。『ダンジョン』があるときは、次の収録日まで生きた心地がしなかったんです。

ーー次の挑戦者のことなどをついつい考えてしまう?

輪入道:そう。「そんなに深く考えなくてもいいじゃん」という人もいるんですけど、どうしても頭のどこかにあって、自分のペースで(自身の)制作ができなくなる。なので、それがなくなったっていうのが大きいですね。

ーー今回のアルバム『光』をつくるにあたって、当初はどのような構想を練っていたんですか?

輪入道:最初はラブソングをもっと入れようと思ってたんです。そういうアルバムを1回作ってみたかったし、前作に続いて、今までやったことがないことをやりたいと思って。で、最初に作ったのが「Ring (Track by SAN DAVID)」という曲でした。

ーー「Ring」は異色曲ですね。女性の可愛らしいコーラスが入った結婚式ソングだし。

輪入道:そうなんです。できてみたら想像とは全然違うものになってたっていう(笑)。

ーー前作も、作り始めた当初は、車で聴けるようなライトなものをめざしたと言っていましたよね。だけど、できあがりは重いものになったって。

輪入道:最初は絶対そういうところから入るんです。今回もラブソングからスタートしたものの、(制作中は)2代目モンスターの重圧とかもあって、単純に愛を歌うみたいなテンションでもなくて。そこで自分を騙すのは嘘になるし、だとしたら、今の自分が言いたいことをちゃんと落としこまないとダメだなと思って。そうして書いてると「Intersection」だったり、「Meltdown」だったり、「Solo」だったり、そういう曲に行き着きました。でも、僕なりには全部ラブソングなんです。ただ、最後の最後でちょっと裏切るというか、“to be continued”的な終わり方にしようと思って。だから曲順はかなり考えました。曲間も「ここはブツっと切って、ここは時間を空ける」とか、秒数にいたるまで今まででいちばん考えた。

ーー『光』というアルバムタイトルは、どのような思いで付けたんですか?

輪入道:『HAPPY BIRTHDAY』もそうだったんですけど、タイトルにそれほどこだわりはないんです。ただ、今、闇を出すのは絶対違うと思って。今出すものは光しかないだろうと思って、仮タイトルで『光』としていたんです。そのタイミングで、トラックメイカーのEkayimさんから「作ったので聴いてください」という感じでトラックをメールでもらって。それを聞いたときに「絶対これ、光や」と思って。それで「光」という曲をつくって、その時点でアルバムタイトルが確定しました。アルバム制作の後半です。

ーーその「光 (Track by Ekayim)」という曲は、リリックが少し抽象的というか、テーマがはっきりと伝わらない書き方になっています。

輪入道:その曲を書いてるときに自分がぶっ壊れそうになるくらい、めちゃくちゃ辛いことがプライベートで起きて。この痛みには意味があるんだと前向きに捉えて、その状態の自分じゃないと出せない光があるんじゃないかと考えて書いた曲なんです。最初はもっと具体的に書いてたんですよ。

ーー辛い出来事をありのままに綴っていた。

輪入道:そう。でも、ちょっと落ち着いてから客観的に聴き直したら、この歌詞は全然必要ないなと思って。それで意図的に書き直したんです。今までだったら、ぶっ壊れそうになってる人間に力を与えるとか、気合いを入れるみたいな書き方をしてたんですけど、この曲を聞いて“俺はこんなに強くいけねえよ”って、やさぐれてもらっちゃってもいい。でも、そういう状態のときに聴いたら何かしらポジティブなマインドになれるんじゃないか。それが光なんじゃないかと思ったんです。

ーーなるほど。

輪入道:光はどんな場所にも差して来るものだと思っているから。毎日が良い天気なわけじゃない。悪い天気の日でも光は差してるから、気付かないだけで。

ーーこの「光」という曲もそうですが、今回は(リリックの中で)闇を描くことで光を浮かび上がらせる書き方が多いと感じました。

輪入道:書いていったら自然とそうなりましたね。

ーーでも、それこそが輪入道節だと思うんです。輪入道さんはストイックな姿勢を崩さないし、反省や後悔、葛藤や苦しみに向き合って、それをポジティブに反転させていくラッパーだと思うので。

輪入道:そういう状態のときに、めちゃくちゃ明るい曲を聴いて元気を出せるタイプの人もいると思うんです。でも、俺はどちらかというと落ちるとこまでとことん落ちたいというか、失恋して中島みゆきを聞いてる女の子みたいな感じなので(笑)。1回ズドーンと落ちるところまで落ちて……みたいな。

ーー暗いところにいる方が光をより強く感じられますからね。明るいところでは光に気付きにくい。

輪入道:そういう見せ方になってるかなと思います。

ーーそもそも1曲目の「Meltdown (Track by MUMA)」から怒りをテーマにしてますし(笑)。

輪入道:全然光じゃねぇじゃねえかって自分でも思いました(笑)。

ーー“光”と”怒り”で母音を揃えていますが、この曲は「光」というタイトルを決めたあとに作ったんですか?

輪入道:そうです。これは全然光が当たらないところにいる状態のことを歌っていて。1バース目は『フリースタイルダンジョン』の3代目モンスター決定戦でTKda黒ぶちさんに負けた帰り道のことを書いたんです。2バース目は2年くらい前に付き合ってた彼女とのことを書いていて。どっちも絶対に光ではないというか、ズドーンと落ちているときの怒りというか。でも、怒りとか憎しみがなければ自分はここにいないと思って1曲目にしました。

ーー「Meltdown」の最後のリリックに〈Black Out〉という言葉が出てきます。これは前作の最後に収録されていた楽曲「BLACK」と掛かっているんですか?

輪入道:掛けてます。前作の「BLACK」から続いていて、1回真っ暗にしてしまって、ぐしゃっと潰れちゃってから次の「EXIT(Track by zipsies)」でいきなり変わる。闇の出口に一気に向かう。そういう流れにしたかったんです。

ーー3曲目のタイトルになっている「壱目(Track by Maria Segawa)」は、今回の歌詞カードにあしらわれている日本画を手掛けた平良志季さんが独自に生み出した妖怪の名前だそうですね。

輪入道:「壱目」は自分的にすごく好きな光の解釈の仕方ですね。直接当たるようなまぶしい光というよりは、淡い光なんです。めちゃめちゃ土砂降りなんだけど、家の中がロウソクでぼんやり明るくなってるみたいな。そういう薄明かりを表現したくて作り始めました。

ーーそもそも平良さんとはどのように繋がったんですか?

輪入道:高校の同級生からの紹介です。俺はすごく妖怪が好きなんですが、それを知ってる同級生が、平良さんの個展に連れて行ってくれた時に初めてお会いして。それが去年の話ですね。最初に会った日から「なにか一緒にできたらいいですね」って言ってたんです。

ーーこの「壱目」でテーマにしたものは?

輪入道:目に見えないものをラップで表現したいと思ったんです。でも、最初はトラックの世界観についていけなくて。それで1回スランプに陥ったんですけど、平良さんからもらったパンフレットにある妖怪画を見てたら、そんなに難しく考える必要ないのかなと思って。そのパンフレットを見ながら書きました。画からインスピレーションをもらって書いたのは初めてだったし、新鮮でした。

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