あらかじめ決められた恋人たちへ 池永正二が語る、劇伴の経験生かした制作活動とインストの強み

あらかじめ決められた恋人たちへ 池永正二が語る、劇伴の経験生かした制作活動とインストの強み

断言的に聴こえないのがインストの強み

ーー前作はゲストボーカリストが参加したアルバムになりましたが、今回すべてインスト曲になっています。そうなった理由は? ボーカルが必要ないと思った理由というか。

池永:入れようと思った時期もあったんですよ。でもベスト出した後だし、初心に戻った感じはありました。40越えて初心に戻って、じゃあやっぱりインストだよなって。で、アルバムタイトルも一緒に考えていて、「…」っていう三点リーダーがあるじゃないですか。言葉にならない時に使う「…」。タイトルをそれにしたら、そこで(曲に)言葉が入ったらおかしいじゃないですか。いつもは全曲出来た後にタイトルをつけるんですけど、今回は作りながらタイトルが思いついて、『……』っていう記号にした時にじゃあボーカルはなしのほうがいいよなと思って。

ーー各曲のタイトルも簡素で、抽象化された記号のような言葉が使われている。事前に余計な情報を聴き手に与えることをできるだけ避けようとしている気がしました。

池永:そうだったかもしれないです。『武曲 MUKOKU』っていう映画(の音楽)をやった時、「言葉になる以前の心で」っていうセリフがあって、それがどっかに残っていたんじゃないですかね。インストって言葉じゃないじゃないですか。そこに立ち帰っているところはあるような気がします。

ーーやっぱりインストがご自分の音楽の原点であるという自覚はありますか。

池永:今回考えてみて、ありました。若い時って自分が音痴で歌えないないからインストでやろうっていう、軽い気持ちやったんですけど、それでずっと続いているっていうことは自分に合うてるなと。洋楽聴いていても、英語なんで歌詞なんて入ってこないじゃないですか。だから演奏を聴いていたなって思って。

ーーじゃあ自分が歌えないと自覚するところから自分の表現は出発せざるを得なかった?

池永:僕はそういうことが多いです。できないところから、じゃあ自分にできることはなんだろう? って考えていくことが多い。楽器も下手ですし、だから打ち込みだし、劇伴もバリバリ譜面とかではないので、譜面に起こせない類の音色の揺れとか歪みとか。できないからできることをやっていく。NOの中にYESを探すというか。

ーーたとえばサンプラーは、楽器ができない、歌が歌えない、何もできないやつでも、サンプラー一台あれば音楽ができるっていう一大発明だったわけですよね。

池永:そう、その世代なんですよ。DTMが安くなっていって、だからこそ音楽やってるんやろなって気はします。音楽が好きで、好きやったらできる時代じゃないですか。そういう感じもエモーショナルで、そういう意味でも初心に戻った気がします。

ーーなるほど。インストという原点に戻って、何か音に込めたものはありますか。単なる抽象的な音像だけを提示するのではなくて、その裏に伝えたいものや込められたものがあるとしたら、それはなんでしょう。

池永:たとえば明るいセンチメンタルなメロディの上に暴力的なものを乗せるのが好きなんですよ。言葉でも、たとえば一言で「好き」って言っても、円グラフで見れば9割好きでも1割変な感情が紛れ込んでいたりする。それって音楽にするとそのニュアンスが入るんです。言葉だと長い文章を書かないとわからない。だから「…」で、裏にこもっているものを暗示する。ハッキリしないもの、断言的に聴こえないのがインストの強みなのかなと。そこが自分にフィットしていて、言いたいことがあるけど、揺れている感じが曲になっていくのかなと思います。

ーー曖昧さを曖昧なまま表現できるのが音楽のいいところ。

池永:そうそう。しかもそれを気楽に聴ける。映画って、呑みながら見たりできないじゃないですか。

ーー映画は集中して見ることを要求するものですからね。

池永:それが強みなんですけどね。音楽の場合はライブも呑みながら聴ける。音楽を聴きながら、リズムも取りながら……しかも何かほかのことをやりながら、自転車に乗りながら聴いてもいいし、それでもリズム感は感じ取れる。そこがダブの部分だと思うんですけど、リズムはノせるべきものなんです。踊りがあるべきなんですよ。その踊りがある上に、物語的なものがあったら……上がめっちゃ暗くても、ノれると暗さがぼやかされるっていうか。

ーーめっちゃ暗いけど足は勝手に動いているみたいなね。わかります。

池永:ちょっと歩き出せる感じはインストならではなんだろうなって。メロディに言葉が乗っているとちょっと引っ張られるというか、もちろんそこで口ずさめるのが楽しかったりするんですけど、インストは口ずさまなくても言葉にならないような思いや景色、今流れている雰囲気に全部合った時にその人なりの感情が出てくるんですよ。まあサントラみたいなものですよね。

ーー歌は歌詞があるし、サントラや劇伴の場合には映像やセリフがある。でも、あら恋のアルバムだと、手がかりになるような具体的な情報が少ないから、より聴き手が想像する自由度が高いっていうことですよね。

池永:イメージですよね。もっとお客さんのことを信用していいと思うんですよ。そういう自由度があったほうがみんなイメージが沸くんじゃないですかね。そこら辺は投げてしまってもいいのかなって思います。

ーー大袈裟に言うと、ある種聴き手のリテラシーを問うところがあると思うんです。歌のある音楽に慣れている人にはインストは難しいし、タイトルもこんな感じだと、どこをどう聴いたらいいのかわからないっていう人も中にはいるかもしれない。自由度が高すぎるが故に聴き手はどうしたらいいのかわからないっていう。

池永:あるかもしれないですね。だから作ったらこういうふうに(インタビューなどで)喋ることも大事やと思うんですけど、作るものに関してはそこまで考えなくても……聴く人のために作っているんですけど、聴く人にそこまでわかりやすく伝える必要はないと思います。僕はそういうものが好きですから。

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