『THA BLUE HERB』インタビュー
THA BLUE HERBは“やっと完成した”ーーラッパーとしての矜持から日本についてまで多角的に語る
自分たちがやってきたこと以上に説得力を持つことはない(ILL-BOSSTINO)
——では、ラッパーのBOSSさんとしては、ここ数年のヒップホップ、アメリカを中心にしたグローバルなシーンと日本のシーン、それぞれどういう風に見ていますか?
BOSS:アメリカのことはほとんど知らないし、「今はこの人が有名なんだ」っていうくらいのことしか分からない。もともと英語のラップの歌詞の内容が、わかんないのにわかったふりすることに冷めちゃったというのが10年以上前にあって。対訳で何言ってるかを知ってそこで追った人もたくさんいたけれど、同じ日本語でダイレクトに伝わるラッパーがいろんな街にたくさんいるから、そっちのほうが全然面白いです。
——では、日本のシーンで面白いと思ったのは?
BOSS:俺らが90年代にやろうとしていたことが、今は当たり前になっているんですよ。みんな地元に住んで、自分の仲間たちと一緒に発信してる。沖縄だってどこだって、いろんな街で実際にやっているんですよ。そこはとてもポジティブだし面白いと思ってる。インターネットのおかげで、札幌にいながらにして各地の音楽を体験することができる。それはすごく楽しいことですね。あと、MCバトルの流行はここ2~3年で起きたことだけど、「それ(MCバトル)もヒップホップだけど、それだけがヒップホップという考え方は俺は違うと思うよ」という意見だね。好きも嫌いもイエスもノーもあるけど、インスピレーションは常に受けてるよ。
——ここからはアルバムの中身について聞かせてください。まず2枚組で30曲の全体像はどうやって作っていったんでしょう?
BOSS:最初はとにかく格好いい曲を作ろうってことだけだったね。俺はひたすらリリックを書いて、O.N.Oもひたすらビートを作って、それが半年以上ずっと続いてた。それを合わせて曲を作っていって、15~16曲揃った時に、やっと全体像が見えてきた。やっぱりディスク1の1曲目からディスク2の最後の曲まで通して聴いてもらいたいから、そのためにはどうしたらいいかを考えるようになった。イントロ、インタールード、曲順のつながりも含め、どうやって最後まで聴いてもらうかという。それを考え出した辺りからやっとアルバムという意識になったね。
——アルバムの曲は、いくつかのテーマに分けられると思うんです。それを一つ一つ挙げていきたいのですが、まず「EASTER」のように、活動第5期(PHASE 5)というタイミング(THA BLUE HERBは4月1日に活動第5期の開幕を宣言)での意思表明の曲がありますが、これは最初の方にできた感じだったりしますか?
BOSS:そうだね。まずは「これからやってくぜ」的な曲が最初に出来てきたし、「EASTER」は一番最初に作った曲かもしれない。アルバム制作の最初に勢いをつける意味でも「これからやってくぜ」って言う曲を作るのは毎回とても重要で。そこで加速出来るようにしたいからね。
――もう一つは、「介錯」や「A TRIBE CALLED RAPPER」や「LIKE THE DEAD END KIDS」のように、ラッパーとしてのスタイルやラッパーの生き方などいろんな視点でラッパーというものについて書いている曲があると思うんです。こういうテーマも当然出てくるものですよね。
BOSS:当然ですね。世の中のトレンドも変わっていく中で、自分で発言していかないと全部オッケーだと思ってるってことになっちゃうから。「それはどうなんだろう」って思うことは、その都度曲として残していくのが、俺らのスタイルだから。言いたいことは言っていきたいなと思ってるので。ラッパーはどういうものなのかっていう、そこは俺のプライドも含めて常にありますね。
——加えて、「REQUIEM」や「THERE'S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY」のように、日本という国が一つのテーマになっている。このあたりに関してはどうでしょうか?
BOSS:アルバム2枚だからここまで作れたなっていうのはあるかもしれない。もし1枚だったら「THERE'S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY」と「REQUIEM」と「GETAWAY」の3曲を合わせて1曲分ぐらいの話だったと思うんだよね。あと「THERE'S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY」だけだと、いわゆる反権力というか、今の世の中に対して中指立ててる人なんだというだけの印象で終わってしまうんだけど、「REQUIEM」は特攻隊や戦争に行って帰ってきた人の話を書いていて。俺なりの日本に対する考え方があるって言うことも表現したかったし。自分は左でもないし右でもないし、中庸な意思を持っているつもりなんだけど、相反する想いもあるし、複雑じゃないですか国に対する想いって。その複雑な思いを一方的で勝手な解釈で決めつけられたくもないし、とことん表現してみたかったっていうのはあると思いますね。
——この3曲は、単に今の情勢について物申しているというよりも、日本という国の歴史を辿っているわけですよね。その一方で「TRAINING DAYS」のように、自分の歩んできた道のりがテーマになった曲も大きな位置をしめている。そこがアルバムの相乗効果を生んでいると思っているんですが、こういうモチーフについてはどうでしょうか。
BOSS:「現在はあらゆる過去を含んでいる」と言うように、基本的には誰でも全ての過去が自分を形成していますよね。現在地点っていう瞬間的な部分だけが言えることなんて、何一つない。過去の蓄積で今の考えがあるし、全てはそういうものによって形作られている。それは国家にしても、俺というラッパーがなぜ存在してるかということにしても、同じだし。その説得力のためにも、時系列的な事実っていうのは不可欠ですよね。
——たとえば2枚目の終盤にある「LOSER AND STILL CHAMPION」は、まさにそういう曲ですよね。後半のバースはいわばTHA BLUE HERBのディスコグラフィとその時の年齢をそのままラップしているような内容になっているけれど、それがヒップホップで言うところのセルフボースティングになっている。
BOSS:間違いないですね。俺は今47歳ですけど、若いラッパーにも負けたくないって思ってるんです。今はいろんな勝負の仕方がありますよね?さっき言ったフリースタイルバトルだったり、売り上げだったり。何にせよジャッジするのはお客さんなんですけど。ただ、俺が何で勝負するかと言ったら、今の20代のラッパーが持っている「これからなんだってできる」っていう無限に広がっているような未来ではないんですよ。逆に自分が60~70歳だったら、これまでのことがほとんど財産になりますよね。でも今の俺は世代的にちょうどバランスよく真ん中にいる。これまでやってきたこともあるし、これからの時間も、未来もまだ残っている。セルフボースティングとしては、自分たちがやってきたこと以上に説得力を持つことはないですね。しかもそれはすべて事実で、音源としても歴史としても完璧に残っているものなので。今の若いラッパーに「お前ら何もわかってねえ」なんてことを言ってしまったら、一番ナンセンスなんだけど、では、どうやって説得力を出すかというと「俺はこういうことをやってきました、こういうことを残してきました。それで俺はここに立っています、こういう風に思います」というのを示すことが重要だと思います。