早すぎた和製シーランはゴミ屋敷の住人になっていた? 豊田道倫『夜路死苦ファンタジア』によせて

 さて、かつて〈オレはまだ負けている〉と歌った豊田だが、それからもえんえん負け続け、今年でデビュー25年目だというのにまだ負けている。一度も売れたことがない。その理由は様々に考えられる。くぐもっていて、かつねっとりとした歌声が気持ち悪い。暗く極私的な歌詞が多く一般性に欠ける。若い頃は変質者に、今は変なおじさんに見える。名曲は沢山あるのにライブで余り歌わない。歌っても変に崩して客の期待を裏切る……と。だが、この世界では暗いから、変態的だから、天の邪鬼だから売れるというケースも往々にしてあり、本当にそれらのせいかどうかは分からない。

 ただひとつはっきりしていることは、上に書いたようにシーランは時代の需要に応えたから売れ、豊田はそれができないから売れないのだ。ここが最大のポイントで才能の多寡は二次的な要素でしかない。ものを作る人間ならそれは誰しも承知だが、才能がありながら売れず、不遇の身にある者は心から納得はできない。「どうしてあんなくだらないものが自分より売れるのだ?」という屈辱の思いに苦しめられる。同業のミュージシャンたちや数多のクリエイターたちから天才と評されてきたにもかかわらず、「DOG DREAM」のような悔しい歌を何度となく歌ってきた豊田の場合はなおさらだろう。もっとも多くの才能ある者たちが不遇に疲れ、次第に寡作になり、現場から去っていったが、豊田は休みなく歌い続けてきたし、それどころか最近は更に勢いを増している。

豊田道倫『夜路死苦ファンタジア』

 昨年10月にパラガ名義で『愛と芸術とさよならの夜』を、今年1月には『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』をリリースしたばかりだというのに、5月1日には『夜路死苦ファンタジア』が、5月22日にはパラガ名義のカセットテープ・アルバム『SAN FRANSOKYO AIRPORT』がリリースされる。もともと極めて多作な豊田だが、8カ月で4枚というペースは異常だ。一体どうしたというのか?

育ちが良いひとは穏やかだけど
心の奥底は本当は冷たい
育ちが悪いひとはせめてくるけど
自分で身につけた真心は確かにある

 豊田の歌は、とびきりの人間通の歌でもある。『夜路死苦ファンタジア』収録の「ラッキーストライク・シンガーソングライター」は、その面目躍如たるフレーズから始まる。だが、いい曲だと思って聴いているとサビの部分でとんでもないことを歌い出す。

おれは卵は食べることは食べるけど
命をもらってまでやることなんてあるのかな ただおれは
歌をつくるだけ 売れたくないよ
歌をつくるだけ 売れたくないよ

 豊田ファンなら全員が全員、「みーくん、心配しなくても売れないよ」とつっこむだろうが、それはさておき自分からこんなことを歌うのはどうかしている。売れたくないのにCDやらカセットやらを作り続けるというのは、要するにゴミを作り続ける宣言ではないか。しかも豊田は8カ月で4枚も作りながら、未だにレコーディングを続行しているという。今、この瞬間にも、環境汚染が進む地球に目もくれず、どんどんゴミを増やしているのだ。喘息持ちのくせに、50近くにもなって吸い始めた煙草をくわえて。

 スプリングスティーンは「反抗の音楽」によって約束の地に向かって疾走し、シーランは「再建の音楽」によって丘の上の古城に帰還したが、豊田は「無用の音楽」によって巨大なゴミ屋敷を建設しようとしている。それは四半世紀近い長きにわたって、自らを冷遇してきたポップ・シーンに復讐せんとする迷惑行為にも見える。もっとも、このゴミ屋敷の住人の才能は生半可なものではないので、それがいつの日か、サグラダファミリアのようになるという奇跡が起こらないとも限らない。

(写真=倉科直弘)

■岩見吉朗(いわみよしあき)
1965年生まれ。『ロッキング・オン』編集部を経てフリーライター、そしてマンガ原作者に。ペンネームは久部緑郎、或いは義凡。原作作品に『ラーメン発見伝』『らーめん才遊記』『ヴィルトゥス』『天威無法─武蔵坊弁慶─』などがある。最新作は『三十歳、バツイチ、無職、酒場はじめます』(作画=トリバタケハルノブ)。

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