ヒトリエ wowakaが音楽シーンにもたらした“発明” ロックをアップデートしてきた足跡を辿る

 また、当時のニコニコ動画に競い合うように楽曲を投稿していた沢山のボカロPたち、特にほぼ同時期に「ハチ」名義で活動を始めた米津玄師の存在は、彼にとってとても大きかったはずだ。

 wowakaは、2011年春にインターネット発のレーベルとして発足したインディーズレーベル<BALLOOM(バルーム)>の設立第1弾として、アルバム『アンハッピーリフレイン』を発表している。同レーベルからは米津玄師の1stアルバム『diorama』もリリースされた。

 <BALLOOM>は、立役者である「とくP」=阿部尚徳いわく「“2009年組”のボカロPを中心とした集まり」。まだまだアマチュアの遊び場だった当時のシーンで、プロとしてやっていく野心と才能を持ったクリエイターたちの集団だった。その代表格がwowakaであり、ハチ=米津玄師。

 二人は、親友であり、「負けたくない」と互いに思うライバルだった。

 2011年冬、wowakaは「自分自身の声で歌うこと」を選び、ヒトリエの前進となったバンド「ひとりアトリエ」を結成する。2012年には、wowaka、シノダ(Gt/Cho)、イガラシ(Ba)、ゆーまお(Dr)というそれぞれネットや同人音楽のシーンで活躍してきたプレイヤーが集い4人組のバンドとして「ヒトリエ」が始動。2014年1月にシングル『センスレス・ワンダー』でメジャーデビューを果たす。

「音楽を作る者として、楽器や演奏やパフォーマンスにちゃんと主張のある人が集まった」

 wowakaは、1stフルアルバム『WONDER and WONDER』のリリース時のインタビューでそう語っていた。個性が強く、卓越した演奏力を持った4人がバチバチと火花を散らし合うように音を奏でる。そういうバンドとして、ヒトリエはめきめきと頭角を現していった。

 2017年、初音ミクの10周年にあわせてwowakaは「アンノウン・マザーグース」という6年ぶりのボカロ曲を投稿している。

wowaka 『アンノウン・マザーグース』feat. 初音ミク / wowaka - Unknown Mother-Goose (Official Video) ft. Hatsune Miku

 同曲は、同年12月にリリースされたヒトリエのミニアルバム『ai/SOlate』にも収録され、ライブでも披露された。

ヒトリエ 『アンノウン・マザーグース 2018.3.25 LIVE at EX THEATER ROPPONGI』

 この曲にはヒトリエ結成以降の彼の目覚ましい成長が垣間見える。

 早口の節回しばかりが注目されるwowakaの作風だが、そのオリジナリティは、促音と撥音(「っ」と「ん」の音)という日本語独特の音韻を駆使して“高速で跳ねる”符割りの妙にあった。

 そして、この「アンノウン・マザーグース」の〈誰も知らぬ物語 思うばかり 壊れそうなくらいに 抱き締めて泣き踊った〉という箇所では、BPM220でのトリプレット(三連符)という、おそらく誰もやったことのないだろうボーカリゼーションも形にしていた。

 wowakaは、単にボカロシーンとバンドシーンの両方の橋渡し役となったというだけでなく、ボーカロイドの“機械が歌うボーカリゼーション”だからこそ生まれた音楽的発想を自らの身体性を通して表現することのできた、稀有な才能の持ち主だった。

 2018年11月、ヒトリエはシングル『ポラリス』をリリース。2019年2月に、同曲が収録されたアルバム『HOWLS』を発表した。

 バンド名の由来が象徴するように、wowakaの想像力の源泉は、「ひとり」であることにあった。孤独から彼の音楽は生まれていた。

 しかし「ポラリス」という曲には、その衝動を他者と深くわかちあえるようになった数年間のバンドの音楽活動を経て、20代から30代になった彼の変化と心境が刻み込まれていた。

 おそらく、『NARUTO-ナルト-』の登場人物の子供たちが主人公となる『BORUTO-ボルト-』の主題歌というオファーも楽曲のモチーフに大きく影響したのだろう。そこには、かつての自分自身と同じ思いを抱える沢山の人たちに〈あなた〉という言葉で呼びかける、とてもストレートなメッセージが綴られていた。

 歌詞にはこんな言葉がある。

どれだけ涙を流して 明けない夜を過ごしたろう
そのすべての夜に意味はある、
そう信じてやまないんだよ

きっとあなたは大丈夫 誰より「ひとり」を知ってる
この言葉の意味すら超えてさ、とても強い人だから

(中略)

色褪せぬ誇りを知れたのは
誰でもなく、あなたのせいで
僕はどれだけ何を与えることができていたのでしょうか

(中略)

あなたはとても強い人
誰も居ない道を行け 誰も居ない道を行け

ヒトリエ 『ポラリス』 / HITORIE – Polaris

 何より、wowaka自身が〈誰も居ない道〉を歩んできた、とても強い人だった。

 だからこそ、こんなところで、こんな風に、その旅路が終わるはずがなかった。終わっていいわけがなかった。

 せめて、その魂が安らかであることを願う。冥福を祈ります。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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