『月が食べてしまった』インタビュー
藤田恵名が語る、自分自身と向き合い気づいたこと「歌えないならこの世界にいても虚しくなるだけ」
藤田恵名の2ndシングル『月が食べてしまった』が1月16日にリリースされた。どうにもならない思いや日々を抱えながら、それでも必死に転がって生きていく。表題曲はそんな疼くような痛みを、ソリッドなバンドサウンドに乗せて撃ち鳴らし、ソングライター藤田恵名のナイーブさとハングリーな精神が詰まった曲となっている。また今回はthe pillowsの「TRIP DANCER」が初のカバー曲として収録された。図らずも、「月が食べてしまった」と呼応するような選曲で、巡り合わせのあった曲だという。
歌手とグラビアアイドルを両立し、“いま一番脱げるシンガー・ソングライター”というキャッチコピーで、デビュー以来、話題を振りまきながら順風満帆に進んできたように思える藤田。そんななかで、喉の不調に見舞われ、昨年12月には喉のポリープ手術を行なった。今回のシングルは、歌が歌えなくなるのではという不安も抱えたなかで、制作が進んでいったという。『月が食べてしまった』に込めた思いと、自分の声や、歌を歌う自分自身と向き合ってきた時間についても話を聞いた。(吉羽さおり)
表現し続けたい
ーーニューシングル『月が食べてしまった』もまた、これぞ藤田恵名というエッジーなロックチューンになりました。今回はどういうテーマでスタートした曲ですか。
藤田:いつも通り、孤独とか葛藤とか、寂しさとかがあるんですけど、今回は救いようがあるようで救いようがない感じですね。タイトルの通り、夜にいろんな思いが襲ってきても、寝てしまえばその寝ている間だけは苦しい思いを忘れられるっていう気持ちを込めて。でも起きると、またその出来事はつきまとってしまうという、その悪循環を歌っている感じがしています。
ーーいつ頃書いていた曲なんですか。
藤田:とくに前から温めていた曲とかでもなく、昨年10月くらいにシングルをリリースしますとなって着手した曲で、作るのが大変でしたね。ある程度、テンポが速めでとか強い感じの言葉、単語を入れてとか、いつもざっくりとしたものだけあって作りはじめるんですけど。時間もなかった中で、一緒に曲を作ったり編曲をしてくれる(田渕)ガー子さんに曲を出しては「もっとできる」と言われて。そのキャッチボールの繰り返しで、しんどかったですね。
ーーその「もっとできる」っていうのは、どういう部分でなんですかね。
藤田:ガー子さんは、どんどん追い込んで、負荷をかけてくるんですよ。そのストレスで藤田はケツを叩かれて、さらに曲に人間性が出てくるっていうのをわかって、「もっとできる」って言うんですけど。わたしはもちろん、はじめからそういう曲を出してるんだけどなって思うから、ムカつくんですよ(笑)。でも、ガー子さんのいう「もっとできる」にまんまと乗せられてます。
ーー歌詞に〈一番になれない十字架を背負って〉というフレーズがあって、そこには何か苦しみとか諦めとかいろんな感情がないまぜになっている感覚がありますが、これまでの歌詞にもそういうニュアンスのものがどこかに含まれていましたね。藤田さんの音楽の根っこにそういう思いがずっと流れている感じがある。
藤田:「何かの一番になれてこなかったな」っていう葛藤や、そういう気持ちはつねにつきまとっているんです。最初は曲のタイトルが「十字架を背負え」だったんです。そこを言いたかったし、この一文が気に入っていたんですけど、ガー子さんに「もっと違うタイトルにしたら?」って言われて、そうですかねって感じでタイトルを「月が食べてしまった」に変えたんですけど。
ーーでも「月が食べてしまった」という方が、いろんなイメージを沸かせてくれるなと思いますよ。曲自体は苦しみも痛みもあるけれど、「月が食べてしまった」って、すごくいい喩えだし、ロマンティックな感じがある。
藤田:歌詞を書く上では、小さいときに聞いた言葉とか、小さいときに読んだおとぎ話の感じをどこか入れたくなるんですよ。ピエロとか、比喩表現として使ったりもするんですけど、ロマンティックな、メルヘンな発想は、歌詞を書いていく上で忘れたくないなというのがあるんです。
ーー 一方では、〈出来レースのなかで踊らされたんだ〉など、自分ではどうにもならないような状況も突きつけられる。
藤田:強い言葉というか、普段あまり会話では使わない言葉を入れることで、何気ない曲にも耳を傾けてほしい気持ちがありますね。それはわたしからしたら、曲でしか表現できないことで。歌の中なら全部、許してもらえる気がするんです。普段こういう気持ちがよぎることは、なきにしもあらずだし。そういう強い言葉と、あるあると、おとぎ話……藤田の歌はそういうので構成されてるのかなって、自分を分析したときに思いました。
ーーそのへんは、最近になって分析できたんですか。
藤田:曲を作っていて、もうちょい何か足りないなとか、もうちょい強みがほしいなとか言葉を差し引きしているときに感じますね。あまり自分自身のことは分析しきれてはいないですけど、藤田のセオリーでいくとそういう要素があるのかなって最近思ったんです。それこそ、ポリープの手術をして声を出しちゃいけない期間があったときに、自分の曲を聴いていたんですね。最近の歌詞の感じ好きだなとか、自分のメモとかを見返してみたときに、こういう要素が強いんだなって向き合う時間があって。そこで、分析できたかなと思うんです。
ーー声を出せない期間は、自分の曲を聴いていたんですね。
藤田:聴いてましたね。手術をして、歌えるようになるのかなっていう不安もあったり。でもそれまで声が出なくてライブのセットリストから外す曲があったり、この曲からこの曲にいくには考えながら歌わないと喉がもたないなとか、ライブ中に余計な雑念もあったんです。ポリープの手術をしたら、あの曲も歌えるようになるのかなとか、余計なことを考えてなくて済むかなって思ったら、歌うことが楽しみになったんです。セットリストから外してしばらく歌ってない曲を聴いたりすると、自分の曲と改めて向き合えるようにもなって、いい時間でした。
ーー歌うのが楽しくなると、曲作りもまた楽しくなりそうですね。
藤田:そうですね。幅が増えるのかなとか。でも、“味わい”が減るみたいなのもちょっと怖いんですけどね。ガー子さんとかは、しゃがれた感じの歌声なのも良かったって言ってくださるので。実際、今回のシングルのレコーディングは、手術前に歌っていて。絞り出すように歌っているので、歌に自然と必死さも出るというか。それがまた、味わいとして良かったりもしたので。これが簡単に歌えるようになると、また違うのかな? っていうのはいま不安要素でもあるんですけど。でもこれは、幸せな悩みだと思っております。
ーーもしこのまま歌えなくなったらって不安があったと言っていたじゃないですか。実際にそうなってしまったら、どうしていたと思いますか。
藤田:どうしてたかなあ。歌えないってなったら、歌手をやめるしかないし、レコーディングしたこのシングルが最後になっていたかもしれません。歌えないならこの世界にいても虚しくなるだけだなって、自分では思ってました。大げさだって思われるかもしれないけど、それくらいずっと歌しかやってこなかったので。
ーー歌詞を書くことと歌うことでは、歌うことが大きい?
藤田:表現し続けたいんです。かと言ってポエマーではないので、歌詞を書いてもそれが自分で歌えないなら意味がないんです。人に提供して満足できるくらいわたしはお人好しじゃないから。自分で歌うことでやっと今は消化できてると思うんですよね。日によってマインドは違いますけど、歌えなくなる不安があったときは、わりと強気でした。もうどっちかしかないなっていうくらい。
ーーその歌えないかもしれないというときの精神状態は、今回の歌詞にも影響しているんですか。
藤田:歌えないというのとは直接リンクしてないですけど、このままでいいのかなとかもやもやした状態が、寝ている間だけは忘れられるというのはリンクしていますね。〈頭と足元イコールじゃないまま〉っていうフレーズがありますけど、頭ではこれを歌いたい、でも足が向く方は全然イコールじゃないなとか、節々で自分のきつかったことは歌詞に入っていると思います。