ダンサー辻本知彦は“言葉にできない感情”を表現する 米津玄師、土屋太鳳らを魅了する振付を解説
同じく2016年に手掛けたのが米津玄師「LOSER」MVの振付。当初はポーズなどもあるカッチリした振付が存在したそうだが、米津が本格的なダンスをやるのは初めてだったため、ムーンウォークのような独特の足さばきなど、米津の持つフィーリングを活かした内容に。八方ふさがりな毎日に翻弄される歌詞をなぞるように、ユラユラと踊る同MVには独特の浮遊感が漂っている。
これ以降、米津のライブに辻本がゲスト参加するなど密なコラボが続く。今年に入りDAOKO×米津の大ヒット曲に辻本が振りを付けた「打上花火」MVが公開されたが、曲中の2人の関係性を表すようにダンサーたちが見つめ合い、子どもの“手遊び”の発展形のように、手や身体の一部を絡ませ、ほどいていく様子が印象深い。
辻本は、ダンスの技量の高さで一目置かれている俳優・森山未來との舞台『素晴らしい偶然を集めて』に関して、こんなことを語っている。「クリエイティブな人たちと毎年作品を作っていきたい。良い作品を創作して毎年やり続けることをライフワークにしたい」(参考:『ダンサーズ』辻本知彦インタビュー)。舞台を共にした森山はもちろん、演技派女優の土屋、クリエイター・歌手として人々を魅了する米津は、ダンスの力量には違いはあれどずば抜けた表現力と個性の持ち主であり、ダンスと結びつける上でも興味深い存在なのだろう。
辻本の振付作品はバレエをベースにストリートダンスの要素を盛り込んだものから子供でも踊れるものまでかなり幅があるが、大きな特徴としては、踊り手が感情を爆発させるようなポイントを作っていることと言えるのではないだろうか。ダンサーたちの動きがシンクロ感のあるやや無機質な感じから、表情を一転させ野性的なニュアンスに変わるRADWIMPSの「カタルシスト」、拘束された人々が解き放たれ情熱的な群舞を見せるMAN WITH A MISSIONの「2045」などは、音楽でいえばシャウトやフェイクに当たる部分を身体で表現しているようなニュアンスが強い。歌詞のワードを連想させるようにわかりやすく振りを当てていく手法もあるが、辻本の振付はアーティストたちが言葉にできない感情をかたちにするからこそ、熱い支持を集めているのかもしれない。
近年はストリートダンス系の振付師が目立つJ-POPシーンにおいても、康本雅子(Mr.Children「帚星」ほか)や珍しいキノコ舞踊団・伊藤千枝(miwa「ヒカリへ」ほか)、川村美紀子(水曜日のカンパネラ『アラジン』ほか)といった、辻本のようになめらかな動きで楽曲に込められた感情を表現していくコンテンポラリーダンス系の振付師たちが印象的な活躍を見せている。辻本の作品たちはJ-POP×ダンスの新たな波を感じさせる“事件”なのだ。
※辻本の「辻」は二点しんにょうが正式表記
■古知屋ジュン
沖縄県出身。歌って踊るアーティストをリスペクトするライター/編集者。『ヘドバン』編集を経て、『月刊ローチケHMV』『エキサイトBit』などで音楽/舞台/アートなど幅広い分野について執筆中。