德永英明『永遠の果てに ~セルフカヴァー・ベストI~』全曲レビュー

徳永英明、セルフカヴァーで今こそ伝える楽曲のメッセージ 原曲との違いを全曲解説で読み解く

6. 恋人

 1989年発表のヒットナンバーだが、まずアレンジに驚かされる。原曲はシンセの浮遊感が特徴的で、德永の当時の孤高のイメージにピッタリと重なっていたが、今回はジャジーでソフトなサウンドに作り上げられ、アコースティックギターのソロや、フリューゲルホーンの音色など、中音域に厚みをもたせることで、心地良さを演出している。そして、原曲のように絶唱するのではなく、耳元でささやくように歌うことによって非常にアダルトな雰囲気に仕上がっている。こういったボーカルスタイルの変化は好みが分かれるだろうが、『VOCALIST』シリーズ以降、丁寧にメロディを紡ぐスタイルを貫いていることを考えると、このソフトタッチの歌声は今の德永にとっては王道だ。そして、歌い方は変わっても、メロディが持つ本来の切なさは変わらないのはさすがだ。

7. どうしょうもないくらい

 今作は基本的に德永のシングルヒットのセルフカヴァーが中心だが、この曲は1991年発表の7枚目のアルバム『Revolution』のラストに収録されている楽曲で、シングルカットされてはいない。德永自身が歌詞も手がけているため、おそらく彼にとっても非常に思い入れが強いのだろう。歌詞の内容は若き日の中でもがいているように捉えられるが、今の彼が歌うと大人になってからもそのもがきは続いているという、どこか俯瞰して自分を見つめているように聴こえるのが興味深い。オリジナルはどこか賛美歌やゴスペルのような神々しさを感じさせてくれたが、今回はUKロックっぽいアレンジが新鮮。後半のスキャットも感情を抑えたことで、さらに心を震わせる。

8. レイニー ブルー

 記念すべき1986年のデビュー曲であり、これまでにも何度も德永本人によってセルフカヴァーされてきた楽曲でもある。それだけに、あらためてカヴァーするにはハードルが高い一曲とも言える。今回は、アコースティックギターから始まるアレンジで少しフォーク調。土方隆行がギターを重ねて録音したトラックに、德永がコーラスを重ねるというシンプルなアレンジである。そのため、生身の德永をさらけ出しているようなイメージで、歌声が迫ってくる。オリジナルよりもかなり抑えた歌い方とアレンジではあるが、原曲と同じキーで情感豊かに歌っていることもあって、ここから一気に後半を盛り上げるという印象を受ける。

9. 夢を信じて

 1990年発表の9枚目シングルで、彼の楽曲では最もヒットした一曲でもある。原曲は、シンセやストリングスのイントロから始まり、一気にストレートなエイトビートに乗せて軽快なロックナンバーへと変わるというもの。德永のシングル曲のなかでも、もっともリズミカルで疾走感を感じさせる楽曲だった。しかし、今回のカヴァーでは、フルートとフリューゲルホーンのアンサンブルが入ったゆったりとしたイントロからの歌い出しでじわじわと心を掴んでいく。非常に落ち着いたアダルトなミディアムポップというイメージに変換されている。だからといって楽曲の魅力が薄れたわけではない。印象的な<明日へ走れ>というフレーズを、ただ単に一直線に走らせるのではなく、ファンと一緒にゆっくりと並走するようなイメージになっており、まさに德永のボーカリストとしての成熟度を感じさせるのだ。

10. JUSTICE

 大団円はシングルカットされてはいないが、1990年の6枚目のアルバム『JUSTICE』のラストを飾るナンバーで、ファンからも人気が高い一曲だ。原曲はピアノを基調としてストリングスがドラマチックに彩るバラードであり、德永も朗々と歌い上げるという印象が強かった。しかし今回はテンポも少し落とし、ディストーションの効いたギターをかき鳴らしながら始まる。ストリングスの雰囲気はそのままに、少しざらついた感触のバンドアレンジを効果的に使うことで、原曲以上にエモーショナルに聴かせていく。そして、德永のボーカルもまろやかながらも情感豊かに響き、まさに最後を飾るにふさわしいスケール感を感じさせてくれる。

 初期の德永の楽曲は、どこか孤高で物悲しく、そしてヒリヒリするような感情表現が特徴だった。しかし、20年以上もの時を経た今、彼の歌声には若い頃にはなかった包み込むようなふくよかな響きがあり、切なさや苦しさを浄化してしまうような感覚にさせられる。こういったフィルターを通すことによって生まれ変わった楽曲は、当時よりもさらに歌の意味を考えさせられるものに仕上がった。そして、『VOCALIST』シリーズ同様に、メロディをフェイクすることなく、原曲に忠実に丁寧に歌い綴っているのだ。感情が先走るのではなく、歌本来の意味を落ち着いた表現によってストレートに伝える。これぞ、德永が『永遠の果てに ~セルフカヴァー・ベストI~』で伝えたかったことではないだろうか。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。
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■リリース情報
『永遠の果てに~セルフカヴァー・ベストⅠ~ 』
2018年7月4日(水)発売
初回限定盤A(CD+DVD)¥4,104(税込)
<DVD収録内容>
『 永遠の果てに~Self Cover Ver.~ 』
『 夢を信じて~Self Cover Ver.~ 』 Music Clipを収録
初回限定盤B(CD+ボーナストラック) ¥3,456(税込)
<ボーナストラック>
「愛という名の真実」
通常盤(CDのみ)¥3,240(税込)

<CD収録曲>
01. 永遠の果てに
02. 最後の言い訳
03. 壊れかけのRadio
04. MYSELF ~風になりたい~ (Tokunaga's Track Remix)
05. 僕のそばに (Self Cover Ver.Remix)
06. 恋人
07. どうしょうもないくらい
08. レイニー ブルー
09. 夢を信じて
10. JUSTICE

■関連サイト
德永英明オフィシャルサイト
『永遠の果てに~セルフカヴァー・ベストⅠ~』特設サイト

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