西廣智一の新譜キュレーション 第3回
Judas Priestらベテランたちの新譜から考える、HR/HMの伝統芸を後世に引き継ぐ意味
2018年がスタートしてから2カ月強が過ぎたハードロック/ヘヴィメタル(以下、HR/HM)シーンですが、今年も衝撃的な話題が続いています。まず、Slayerが5月から行うフェアウェル・ツアーをもって35年以上にわたるその活動に終止符を打つこと。今のところ、どれくらいの期間ツアーが続くのかは不明ですが、“BIG 4”(Metallica、Megadeth、Slayer、Anthrax)と呼ばれる80年代初頭に登場したスラッシュメタルのオリジネイターたちの1組がその歩みをストップさせることは、HR/HMシーンのみならず、Slayerから影響を受けたパンク/ハードコアシーンを含むエクストリームミュージック界隈に大きな衝撃を与えました。
また、“メタルゴッド=鋼鉄神”の愛称で知られるJudas Priestに初期から参加するギタリストおよびソングライターのひとり、グレン・ティプトンが長きにわたりパーキンソン病を患っていることを発表。3月13日からスタートした全米ツアーには不参加となり、代わりにプロデユーサー兼ギタリストのアンディ・スニープがサポートで加わるというショッキングな情報もアナウンスされました。
その直前には、80年代にJudas Priestの屋台骨を支えたドラマー、デイヴ・ホーランドも死去。特にここ数年はMotörheadのレミーをはじめ、HR/HM界隈の歴史の証人たちがこの世を去ることも増え、今後はHR/HMの伝統をいかにして後世につないでいくかが重要なポイントになるのではないかと考えられます。
そんな2018年初頭、非常に純度の高いHR/HMアルバムが豊富にリリースされています。今回の記事ではこの1カ月(2月中旬〜3月中旬)の間に発表されたHR/HMの新譜から、筆者が「純度100%の正統派HR/H」と思えるアルバムを5枚ピックアップ。さらに番外編として、タイムリーなEPを1枚を加えた計6作品を紹介したいと思います。これらの作品を聴くことで、改めて「HR/HMの伝統芸」と「その伝統を後世に引き継ぐ意味」を考えるきっかけになればと思います。
まず最初は、先に触れたJudas Priestのニューアルバム『Firepower』です。2014年に発表された前作『Redeemer Of Souls』では、オリジナルメンバーのK.K.ダウニングに代わり加入した若手ギタリストのリッチー・フォークナーが大活躍したこともあり、60歳オーバーのメンバーが作る伝統的なブリティッシュHR/HMサウンドに潤いが戻り、ロブ・ハルフォード(Vo)復帰後の作品の中でもっとも勢いのある1枚に。結果、アメリカではBillboard 200で過去最高となる6位を記録するヒット作となりました。
そこから4年ぶりに発表された今作『Firepower』では、MegadethやArch Enemy、Killswitch EngageなどモダンなHR/HMアルバムを手がけるプロデューサー/エンジニアのアンディ・スニープ、そして70年代末〜80年代後半に数々のJudas Priestの代表作に携わったトム・アロムの2名をプロデューサーに採用。伝統的な老舗サウンドをモダンな質感にアップデートしたその作風はまったく古臭さを感じさせない、終始テンションの高いアルバムに仕上がっています。オープニングを飾る王道メタルチューン「Firepower」からエンディングにふさわしいJudas Priest流バラード「Sea Of Red」まで全14曲58分、一瞬たりとも気を抜けない力作と言えるでしょう。また、御歳66となるロブ・ハルフォードの歌声には不思議と全盛期の“張り”が戻り、これがあと数年で結成50周年を迎えるバンドの最新作かと疑うほど躍動感に満ちあふれた内容なのですから、本当に驚かされます。HR/HM道に殉教する意味、生き様が克明に刻まれた大傑作ではないでしょうか。
そんなJudas Priestの新作に1週間ほど先駆けてリリースされたのが、彼らと同じく70年代から現在に至るまでHR/HMシーンを代表するギタリストのひとりとして知られるマイケル・シェンカーの新作『Resurrection』。本作はシェンカーが80年代、活動のベースだったMSG(Michael Schenker Group、McAuley Schenker Group)の歴代シンガーであるゲイリー・バーデン、グラハム・ボネット、ロビン・マッコーリー、そして現在のシェンカーの母体バンドとなるTemple Of Rockのフロントマン、ドゥギー・ホワイトという4人のシンガーに、80年代にシェンカーと活動をともにしたクリス・グレン(Ba)、テッド・マッケンナ(Dr)、スティーヴ・マン(Gt / Key)の総勢8名からなるMichael Schenker Fest名義で発表された異色作です。Michael Schenker Festとしては現在の布陣からドゥギーを欠いた7人編成で2016年にヨーロッパや日本でツアーを敢行。昨年10月にも国内最大級のメタルフェス『LOUD PARK 17』のヘッドライナーとして再来日し、UFO〜MSGとシェンカーが過去に携わったバンドの名曲たちを名シンガーたちの歌唱で楽しませてくれたばかりです。
続いて制作されたこのアルバム『Resurrection』は、全曲書き下ろし新曲で構成。曲ごとにシンガーが交代するのはもちろんのこと、「Warrior」のように複数のシンガーが1曲の中で歌い分けたり、あるいはひとりのシンガーが歌う後ろで残りのシンガーたちがコーラスを担当するなど、非常に豪華な作りとなっています。また、その楽曲群も聴けばすぐに“マイケル・シェンカーの楽曲”とわかる、往年の名曲たちを思い出させてくれる良曲ばかり。しかもそれらが単なる焼き直しで終わっておらず、過去のエッセンスを残しつつしっかりアップデートされたものになっています。そしてシェンカーのギタープレイも、一時期の不調が嘘に思えるくらい生き生きとしたもので、“復活(=Resurrection)”というタイトルではありませんが、ここに来て新たな全盛期に突入したのではと思わされるほどです。個性の異なるアクの強い4人のシンガーを擁するという意味では、一歩間違えばオムニバスアルバムのようになってしまっても不思議じゃないのに、そう感じさせないのはシェンカーの存在感の強さによるものなんでしょうね。
大御所2組に続いては、中堅バンドの最新作を2作品紹介したいと思います。まずは、ブラジルが誇るパワーメタルバンドAngraの3年ぶり、通算9枚目のスタジオアルバム『Ømni』から。Angraは90年代初頭に結成されたバンドで、93年に発表されたデビューアルバム『Angels Cry』はジャーマンメタルにも通ずるメロディアスさとパワフルさを兼ね備えた力作として、ここ日本でも大ヒットしました。以降、メンバーチェンジを繰り返しながら活動を継続。オリジナルメンバーのひとり、キコ・ルーレイロ(Gt)は2015年からMegadethのギタリストとして活動をともにしていることから、Angraにフルタイムで参加することができなくなり、今作は唯一のオリジナルメンバーであるラファエル・ビッテンコート(Gt / Vo)を中心に制作されました。
ラテンミュージックの国・ブラジルとHR/HMというと一見食い合わせが悪そうに見えますが、実はSepulturaやHibria、そしてAngraの元メンバーであるアンドレ・マトス(Vo)が過去に在籍したViperやShamanなど、ここ日本でも名の知れたメタル/エスクトリームミュージックを多数輩出しています。その代表的なバンドのひとつ、Angraは今回、過去の名作である『Holy Land』(1996年)、『Rebirth』(2001年)、『Temple Of Shadows』(2004年)を“人工知能システムØmni”を通じて過去と現在、そして近未来につなぐというコンセプチュアルな内容。従来のパワーメタル路線はそのままに、シンフォニックな要素がところどころを採用したほか、前作『Secret Garden』(2014年)にあったプログレッシヴメタルの要素も残しつつ、さらに曲によってブラジルのバンドらしくラテンパーカッションを味付けに加えた、正統派と異端がミックスされたオリジナリティに満ちあふれた1枚といえます。さらに、キコ・ルーレイロも1曲のみギターソロを提供しているほか、Arch Enemyの紅一点アリッサ・ホワイト-グルーズ(Vo)がゲスト参加しており、得意のグロウルボーカルを響かせてくれます。こういったアクセントも功を奏し、また楽曲そのものの出来や前作からバンドに加わったファビオ・リオーネ(Vo)のボーカルもようなく板についたこともあって、個人的にも『Temple Of Shadows』以降で最高の出来だと確信しています。
もう1組の中堅バンドは、北欧のメロディアスHR/HMバンドW.E.T.。中堅バンドとはいうものの、実は今回紹介するアルバム『Earthrage』は、まだ3枚目。なのになぜ中堅かといいますと、ジェフ・スコット・ソート(Vo)、エリック・モーテンソン(Gt / B / Key / Vo)、ロバート・サール(Key)といったHR/HMファンなら一度は耳にしたことがある名手が一堂に会したスーパーバンドだからなのです。ジェフは80年代からイングヴェイ・マルムスティーンと活動をともにし、以降もTalismanやJourney、自身のソロプロジェクトSOTOで活躍。エリックは自身のメインバンドEclipseの一員としてここ日本でも高い人気を誇り、ロバートもWork Of Artでギタリストとして活動するほか、ボビー・キンボール(ex-TOTO)やビル・チャンプリン(ex-Chicago)、などに楽曲提供するソングライターとしても知られています。そういった名手たちが一堂に会したのは、今から10年前の2008年のこと。それぞれの活動の合間に『W.E.T.』(2009年)、『Rise Up』(2013年)と2枚のスタジオ作品、そしてライブアルバム『One Live - In Stockholm』(2014年)を発表しています。
約5年ぶりに制作された本作『Earthrage』は、北欧のバンドらしい叙情的な旋律を持つ楽曲を、スモーキーな歌声でソウルフルに表現。ヘヴィメタルというよりはハードロックのカラーが強く、適度なメタリック感を伴いつつも楽曲は非常に聴きやすいものばかり。曲によってはAOR寄りの要素もあり、今回紹介するアルバムの中でももっとも万人受けしやすい作品かもしれません。80年代にBon JoviやEuropeを愛聴したものの、最近はHR/HMから離れているというリスナーにもうってつけの1枚と言えるでしょう。