『ぺっとぼとリテラシー』インタビュー
ましのみが語る、音楽で生きていくことへの決意 「私にしかできないことをやらないと意味がない」
シンガーソングライター・ましのみが、2月7日発売のアルバム『ぺっとぼとリテラシー』でメジャーデビューを果たす。ましのみは現在20歳の現役女子大生、キーボードの弾き語りスタイルで活動するシンガーソングライターだ。2016年にはヤマハグループの音楽コンテスト『Music Revolution 第10回東日本ファイナル』で約3,000組の中からグランプリを獲得。それを機にデビューへの歩みを進めることとなった。アルバムリード曲「プチョヘンザしちゃだめ」や「ストイックにデトックス」(TVアニメ『たくのみ。』エンディングタイアップ曲)といった独特なワードとキャッチーなメロディを備えた楽曲たちは、一度聞いたら忘れることができないインパクトと個性を放っている。
今回リアルサウンドでは、ましのみにインタビューを行った。音楽の原体験や楽曲の制作方法など、話を聞けば聞くほど興味が湧いてくるから面白い。本取材が「ましのみとはどんなアーティストなのか?」を知るための一助となれば幸いだ。【※インタビュー最後に読者プレゼント情報あり】(編集部)
音楽原体験は電子ピアノのサンプル音源と「プレイバックPart2」
ーーましのみさんというとピアノ弾き語りのイメージが強いですが、ピアノはいつ頃から始めたんですか?
ましのみ:ピアノはちっちゃい頃から小6ぐらいまで、本当に楽しく、ふわっと習っていた感じです。
ーーでは音楽自体にはずっと興味を持って接してきたんですか?
ましのみ:そうですね。小さい頃から歌うのも踊るのも大好きだったし、笛を吹くのも太鼓を叩くのも好きだったし。一つひとつを極めるとかではないんですけど、いろいろサラッとやってみるのが好きでした。
ーーちなみに、原体験で最初に記憶に残っている音楽というと、何か覚えているものはありますか?
ましのみ:ふたつあって、ひとつは電子ピアノに入っていたサンプル音源の「エリーゼのために」かな。それを流しながら、お母さんと一緒にスカーフを振り回しつつ踊っていた思い出があって。それと、(山口百恵の)「プレイバックPart2」が幼稚園の頃の十八番だったんです。ちゃんと歌えるわけではないんですけど、園長先生の前でよく歌ってたみたいです(笑)。
ーーいろいろツッコミどころが多いんですが(笑)。まず、クラシックの楽曲でスカーフを振り回しながら踊るというのは……。
ましのみ:ちっちゃい頃から踊るのが好きで、お母さんもそういうことに付き合ってくれる人だったんです(笑)。
ーーでも、それが身近な音楽として存在していたわけですよね。
ましのみ:そうですね。でも一番身近だったのは、お母さんがよく歌っていた鼻歌かな。そのとき流行っていた曲をお母さんから吸収して、それを私が歌うことが一番身近な音楽体験でした。とはいっても、原曲を知らないまま歌うことが多いんですけど。そういう、受動的な音楽体験だったと思います。
ーーでは、自発的に聴いていくようになった、夢中になったアーティストっていますか?
ましのみ:実は、それがまだいなくてですね。
ーーえっ?
ましのみ:今、頑張っていろんな音楽を聴くようにしているんですけど。もともと音楽を聴くことは好きなんですけど、成長過程でイヤホン文化を取り入れるのを忘れてしまいまして。なので、お母さんが録画しておいた「今流行りのカラオケランキング」の番組とかを一緒に観て覚えて、カラオケで歌ったりしてました。
ーーなるほど、それが「プレイバックPart2」だったりするわけですね。
ましのみ:はい。もちろん普通に音楽番組は観ていたんですけど、「私はこのアーティストが好きでハマりました」みたいなことがなくて。だから、周りがどんどんそうなっていくのが羨ましくて憧れて、高校生のときにmiwaさんという存在を知ったときに「私はmiwaさんにハマろう!」と決めて聴いていた時期がありました。アルバムも買いました。
ーーそれは興味深い話ですね。
ましのみ:miwaさんの音楽が素敵なのはもちろんなのですが、miwaさんに憧れてこういう音楽がしたいとかじゃなくて、学生をしながらシンガーソングライターをなさっているというmiwaさんの存在自体に憧れていました。そもそも、聴いている音楽の数も少なくて、音楽性というものがよくわからなかったんですよ。ダンスミュージックとかも知らなかったですし。
ーーその感覚が今の曲作りに活きているんですかね?
ましのみ:どうなんでしょうね?(笑)。
ーーでは、学生時代はどうやって過ごしていましたか?
ましのみ:すごく普通で、まあまあうるさめのグループの中でそれなりに楽しく明るく、平和に過ごしていました(笑)。イベントごとが好きだったので、学校行事にも積極的に参加してましたし。あと、中学ぐらいから勉強を頑張ろうと思ったんですよね。歌手になるっていう夢はそのときはなかった……というか、「ありえないもの」として心の底に押し込んでいたので、真面目に勉強して良いところに就職して、ひとりで生きていける女になろうとずっと思っていたんです。
ずっと隠してきた気持ちを抑えきれなくなった
ーー歌手になりたいという気持ちは、それ以前は持っていたんですか?
ましのみ:幼稚園生の頃はみんなの前で「歌手になりたい!」と言っていたらしいし、ずっと人前で歌うのが好きでした。でも、物心がついた段階で、それって現実的ではないと気づくじゃないですか。そもそも私自身、本当にサラリーマンの家庭の普通の子供で、「この生活こそが幸せなんだ」みたいな価値観の中で育ってきたので、とてもじゃないけどそんな夢は言い出せないし、自分でも無理だと思っていたし。でも、ずっと興味はあって、道端で誰かに出会って急に「君、歌手にならないか?」って言われないかなと思ったりもしました(笑)。それこそ、携帯で「歌手 なる 方法」とか検索してみたり(笑)。
ーーそこからどうやって、自分で楽曲を作って実演していく方向にたどり着いたんでしょう?
ましのみ:動機は本当にそのままで。歌手になりたい。いろんな人に歌を聴いてもらって、それで生きていけるようになりたい。そのためには、漠然と大きくならなくちゃいけないし、覚悟も必要だし。そう思い立ったのが、将来の進路を考えたときで、高2か高3の段階で大学進学を考えるときに「じゃあ将来、自分は何になりたいだ?」というところから、ずっと隠してきた気持ちを抑えきれなくなって。それで大学に入学してから、夏秋ぐらいに音楽を始めようと思ったんです。大学でも就活が始まるまでの短い時間の中で、どれだけ自分の夢に近づけるかが勝負。いろんな人に自分を知ってもらうには、まずメジャーデビューというきっかけを掴むことが近道だと思って、そこに向かって何かしなくちゃ、じゃあライブ活動を始めよう、そのためには作詞作曲ができたほうがいいってお母さんが言っていた気がするから、じゃあ作詞作曲もやってみようと、全部あとから付いてきたものなんです。
ーーメジャーデビューを目標にするアーティストは多いと思いますが、ましのみさんにとってメジャーデビューは「自分を知ってもらう」という目的の過程にあるものだったんですね。
ましのみ:そうですね。周りに比べて私が行動を起こそうと思い立ったのが結構遅かったというのもありますし、そこに就活というのも絡んでくるから。リミットは約3年、その中でやっぱり音楽がやりたいってことは、相当音楽を仕事にしたかったわけで。その夢を叶えるためには、スピード感が大事になる。そこでバンドを組んでみんなの意思をひとつにして、みたいな時間が勿体なかったんですよ。そもそも私はそこまで人に強く言えないタイプで(笑)、そのくせ思っていることは強かったりするので、ほかの人と一緒にやってもうまくいかないだろうなと思ってひとりで始めました。だから弾き語りがやりたかったわけじゃないんですよ。