クラムボン・ミトの『アジテーター・トークス』:新春特別編 神前暁(MONACA)

ミト×神前暁が考える、それぞれの音楽的特徴と<物語>シリーズ楽曲の面白さ

「出発点がいちファンで、関わって改めてすごさを思い知った」(ミト)

ーー<物語>シリーズは、神前さんの体調不良による休養も大きな衝撃でした。その間は羽岡佳さんやミトさん、黒須克彦さん、田中秀和さんといった個性的なクリエイターが神前さんの復帰まで見事なバトンリレーを繰り広げるわけですが、神前さんは休養中、ミトさんたちの活躍をどう見ていたのでしょうか。

ミト:連絡は頻繁に取り合ってました。ことあるごとにデモを聴いてもらってレスポンスをいただいて。楽曲制作において、そのやり取りを頼りにしていた部分はあります。やはり出来上がってるコンテンツに飛び込むことほど、作家として大変なことはないので。いかにその血を入れ替えていくかという作業からスタートするわけですし、助走も必要だったわけですが……そんな暇はなかった(笑)。結果、初めての楽曲では16回もボツを食らってしまったわけですが。

神前:えっ、そんなに? どの曲ですか?

ミト:「white lies」(『鬼物語』オープニング)です。もちろんバリエーションを変えていっただけなので、全部が全部やり直したわけじゃないんですけど。とはいえ、1カ月で16回というのは、結構堪えましたね……。元々インスト曲ということで、自分もアニメ側のスタッフもこれまでと違うものだと覚悟はしていたし、<物語>シリーズの空気を濁さないようと気負っていた部分もあるんですけど。神前さんが最初の<物語>シリーズのスポット用に作った楽曲をモチーフにしようと思いつくまでは大変でした。『鬼物語』は忍野忍を主人公とした話なのですが、最初の楽曲のイメージは幼女の忍の可愛い感じを出すために、四つ打ちの歌モノハウス的な、キャンディポップ寄りの曲を作ってたんですよ。ただ、監督の新房(昭之)さんに渡したら「これじゃない」という話になり、「バトルものというか、オーケストレイティブなものが欲しい」と。

ーーキスショット(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。忍野忍の真の姿である吸血鬼の名前)のイメージだったと。

ミト:そう。それを聞いて「キスショットの方か!」とモードチェンジして、よりフォーカスしたものを作れたような気がします。ただ、『鬼物語』はテレビ放映時にオープニングがなかった(Blu-ray/DVD版で同曲入りのオープニングを追加収録)から、時系列では「the last day of my adolescence」(『花物語』オープニングテーマ)が先になるわけですね。

山内真治(アニプレックス/<物語>シリーズの音楽プロデューサー):この曲もTV放送時にオープニングとエンディングが逆になるというアクシデントがありましたね。

ミト:私はまだその頃コンテンツの中に没入できてなかったから、よく言えば外側から色々イベントを起こしまくってたわけですよ。

〈物語〉シリーズセカンドシーズンBlu-ray Disc BOX 発売告知CM 鬼物語ver.。流れている楽曲が「white lies」。

ーーそして『傷物語』で神前さんが復帰。OPテーマに帰ってきたのは『終物語(まよいヘル)』の「terminal terminal」(歌唱は八九寺真宵役・加藤英美里)でした。この曲はミトさんと神前さんのコライト(作詞はmeg rock)ですよね。

神前:自分たちで作っておいてアレですけど、良い曲だと思いますね。コライトにありがちな凸凹感もなくて。

ミト:どこかの取材で、「AメロとBメロが神前さんで、サビをミトさんが作ったんですか?」と言われたときに「勝った!」と思いました。真逆なんですよね。

神前:ミトさんからAメロとBメロが送られてきたんですけど、かなり主張の強い曲だったので、それに勝るサビを考えるのに時間が掛かったのを覚えています。書いては消してを繰り返して、最終的には綺麗に繋がったんですけど。

ミト:最後のサビではリリックもメロも詰め込んでいるんですが、そこにストーリーがはっきり見えていて、無駄な要素がないんですよ。そうそう、この時にも思ったんですけど、megさんのスペックがシリーズを追うごとにどんどん高くなっていて。

神前:元々ハイスペックな方ではあるんですけどね。しかも上がってくる歌詞のクオリティがすごくて。

ミト:「terminal terminal」は、曲を出して1時間で歌詞が上がってきたりしていましたから。だって、89秒版(アニメオープニングサイズ)を提出してきた時点で、歌詞もフルバージョン書き上がってるって言ってましたよね?

山内:アレンジが終わる前に歌詞が仕上がってたんです。でも、構成は神前さんとミトさんから事前に渡してもらっていましたよね?

ミト:お互いブラッシュアップして、「もう少し調整しますがフルサイズはこんな方向性になると思います」と共有したものに対して、驚異のスピードで歌詞が来ました。

TVアニメ「終物語」Blu-ray&DVD第6巻「まよいヘル」発売CM。流れている楽曲が「terminal terminal」のサビ部分。

ーー言葉が大事な<物語>シリーズにおいて、meg rockさんが最初から最後まで太い幹のようにその役割を担っていたというのも、大きいポイントですよね。

神前:megちゃんにしかできなかったと思います。さっき言ったキャラクターの切り出し方が独特で。原作を読んではいるものの、直前までは内容を全部忘れていて、曲が来たら読み直してその勢いで書くらしいです。

ミト:とはいえ、速読してもまあまあな時間が普通はかかるわけですよ。

山内:kindleを導入してから、作詞のスピードが跳ね上がったような気がしています。栞も便利だし、マーカーも入れられるのが良かったみたいです。「みんなでシェアしようよ!」と言ってました。

ミト:ロジックに強くてガジェットにも強いから、無双状態ですよね。

ーー「terminal terminal」の歌詞に関しては、八九寺真宵の「ただいま」と神前さんへの「おかえり」という気持ちが重なって、すごく感動した記憶があります。

ミト:歌詞に関してはもう一つエピソードがあって。これまで、megさんが書いた詞に対してリテイクをお願いしたことはなかったんですけど、サビの折り返し部分で初めて「もう少し音に寄って欲しいです」ってお願いしたんです。珍しく気になって、変えたくなったんですよね。神前さんが書いたサビだから、客観的にジャッジした部分もあるのかもしれない。

ーー神前さんは<物語>シリーズから一度離れたことで、改めて向き合い方は変わりましたか?

神前:久しぶりにやって「ああ、やっぱり<物語>シリーズはこうだな」と思いました。離れている間にミトさんが書いてくださっていた曲が本当に良くて。『終物語』に突入して、全体的な質感がヒンヤリとしてきたのとミトさんの作風がバッチリハマっていたし、ベストな人選だったと思うので、僕としてはその流れに合流するだけだと。だから変な気負いはなかったですね。復帰が映画『傷物語』の劇伴だったことも大きいのかもしれません。

ミト:そんなこと言われたら泣いちゃいますよ。命がけで頑張って良かったなと安心します。

ーー<物語>シリーズは『終物語』で一旦幕を閉じましたが、あらためてこのシリーズはお二人にとってどういう作品でしたか?

ミト:出発点がいちファンで、関わってみて改めてすごさを思い知りましたよ。小説としてコンテンツがスタートしてから10年近く経って、その深さもとんでもないところまで行ってるわけですし。そういえば小淵沢のスタジオで一緒にやっている、普段アニメを全く見ないエンジニアが最近『化物語』にハマって、追いかけていくうちに僕の名前を見るようになって「色んなことやってるんですね」と驚いたなんてエピソードもあるくらい遠くまで届いている。クラムボンの活動で知り合った、アニメと関係ない人たちへの認知も半端じゃない。本当にものすごいコンテンツですよ。

神前:そんなモンスターコンテンツになっていますが、始めたときは何もないところからだったので、一つひとつ手探りでやってきました。でも、いまはここまで大きくなって、僕にとっても最大のヒット作になって、本当に感慨深いですね。欲をいえば、もうちょっと書きたいかな?(笑)。

ミト:あんなに綺麗に大団円を迎えているのに、終わった気がしないというのがこのシリーズのすごさですよね。

「続・終物語」アニメ化解禁PV

ーー現に、西尾さんが原作をバリバリ書き続けているわけですからね。12月27日に発売された『終物語 第八巻 / おうぎダーク 其ノ壹 - 其ノ參』内の資料で、『続・終物語』の制作も発表されました。

ミト:西尾先生はやっぱり綺麗に終わらせてくれないんだ(笑)。

神前:こうやって作り手としてはライブ感を味わえるのが面白いですよね。やっぱり、これからももっと関わっていけたら嬉しいです。

(取材・文=中村拓海/撮影=三橋優美子)

■リリース情報
『終物語』全8巻、発売中
「第1巻/おうぎフォーミュラ」
「第2巻/そだちリドル」
「第3巻/そだちロスト」
「第4巻/しのぶメイル(上)」
「第5巻/しのぶメイル(下)」
「第6巻/まよいヘル」
「第7巻/ひたぎランデブー」
「第8巻/おうぎダーク」

【完全生産限定版】
・キャラクターデザイン:渡辺明夫描き下ろしデジパック仕様
・本編DISC+特典CD
・三方背クリアケース
・特製ブックレット
・特製ピンナップ
・特典映像
原作者:西尾維新描き下ろしキャラクターコメンタリー
原作:西尾維新 『終物語』(講談社BOX)
キャラクター原案:VOFAN
総監督:新房昭之
監督:板村智幸
シリーズ構成:東富耶子、新房昭之
キャラクターデザイン・総作画監督:渡辺明夫
総作画監督:岩崎たいすけ、西澤真也
美術監督:内藤健
色彩設計:日比野仁、渡辺康子
撮影監督:江上怜
編集:松原理恵
音響監督:鶴岡陽太
音楽:羽岡佳
アニメーション制作:シャフト
キャスト:神谷浩史、水橋かおり、井上麻里奈、斎藤千和、堀江由衣、沢城みゆき、花澤香菜、坂本真綾、早見沙織、ゆきのさつき
(c)西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト
公式サイト

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