石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第14回:BALLOND’OR
異端児集団・BALLOND’ORが作り出す狂乱のパンクパーティー 石井恵梨子がバンドの深層に迫る
「たったひとつやふたつの恋が、ぼくを、粉々に、壊しました」
本編の後半、消えない傷痕を確かめるようにボーカルがMCで語りかける。たかが失恋と笑い飛ばすことのできない目つき。ここから平井堅やback numberのような名バラードが始まっても不思議はない……はずである。
しかし始まるのは大音量のフィードバックノイズ。2本のギターがうなりを上げ、カウントと共にパンクロックが炸裂する。いや、たぶんパンクなのだろうが音がデカすぎて正直何をやっているのかよくわからない。ステージにはシンセもあるが演奏している様子はなく、ただ短髪の女性が勢い良く飛び跳ねているだけ。さっきのMCはまったく関係ない、みたいな顔でケタケタ笑いながら。えーと、失恋の話はどこ行った? とりあえずこの状況で言えるのは……カオス!! 誰も彼もが偏差値の低そうな顔で大暴れしている。
初めて見た時から謎と衝撃だらけのバンドだった。BALLOND’OR(バロンドール)。ツインギター&ベース&ドラム、紅一点のシンセサイザーからなる東京拠点の5人組。ライブの衝撃度はかなり高いが、演奏技術ははっきりいって相当低い。理由は、一風変わったバンドヒストリーと無関係ではないようだ。
オリジナルメンバーはMJM(Vo&Gt)とNIKE(Gt)の2人。前身バンドはマンチェ系バンドに影響を受けた、エレクトロを取り入れたダンサブルな音だったという。しかしMJMは手ひどい失恋によってバンド継続不可の精神状態となり、同時期にNIKEも大失恋。堕ちるところまで堕ちたのち、2人でも激しいエレクトロ・パンクをやろうと部屋で曲を作り始めたのが原点となる。
ただ、宅録ユニット状態ではライブに誘われる機会も少なく、やはり自分たちはバンドがやりたいのだと再奮起。新たにメンバーを探すと、ミクスチャー系バンドをやっていたAKAHIGE(Dr)以外、まったくの初心者が集まってきた。映画やアート面で好みが一致したのが大きかったそうだが、「プロフィール以外の話で盛り上がったから、実際の年とかは知らなくて。謎のまま。†NANCY†(Syn)とかたぶん若いと思いますよ?」とNIKE。他人事のような笑い方が、映画『トレインスポッティング』の関係性を思わせる。
失恋でボロボロになる人間をそう呼ぶのが適切かはわからないが、社会不適合者がワケのわからぬ素人と共にパンクをおっぱじめるというのは、実にイギリス的な発想だと思う。マルコム・マクラーレンに仕込まれてSex Pistolsが生まれ、マンチェ・ブームの立役者Happy Mondaysが実はド素人のジャンキー集団だったように。時にハイプがまかり通るのが英国パンクシーンの面白さ。対するUSパンク/ハードコアでは、地元コミュニティの連帯感や信頼が重視され、個々の生き方、処し方、律し方にも筋を通す、ある種の真面目さが根付いている。それは現在の日本のシーンにも広く浸透したが、だからこそ、いきなり「楽器弾けないけど暴れまーす!」とライブハウスに現れたBALLOND’ORはワケのわからない異端児集団だった。帰属するシーンは、おそらく今もない。
11月21日、下北沢Daisy Barでは二度目のワンマンライブが行われていた。セクシーなワンピースでキメる若い女性、サイケの世界から飛び出してきたような服装の男性、どこで噂を知るのかやけに目につく外国人など、「いわゆるライブキッズ」以外の客層がどこからともなく集まってくる。この客層もまた、彼らの異端ぶりを如実に伝える光景だ。
白に近い金髪のCREAMMAN(Ba)、真っ赤な頭のNIKE、スキンヘッドのAKAHIGE、ベリーショートを薄茶に染めた†NANCY†。カラフルな4人に対し、フロントにはぼさぼさの黒髪にキャップをかぶっただけのMJMが登場。統一感もなければ、アイコンタクトで何かを確認する様子もない。おもむろに爆音がスタート。ぐちゃぐちゃの演奏から聴こえてくる歌詞は、〈FUCK! ラブ・ザ・マイノリティ/ラブ・ザ・アスホール/ラブ・ザ・ノーフューチャー〉ときた。酷いといえば酷い品性だが、別に意味なんか求めていないのだろう。今この瞬間の爆発こそすべて。ここに彼らのパンク観がありそうだ。MJMが語る。
「一瞬で何とでもなれる。本当にどうでもいい自分になれて、本当にどうでもいい気持ちを叫べる。それを見ている人も自分のことなんかどうでもよくなっちゃう。そういう一対一の共鳴を、僕はパンクに求めてる気がしますね。継続的なものじゃない。もっとエイリアンとかの衝撃に近い」
ただし、曲調は案外幅広いのだ。5曲目の「PINK PEOPLES」はリズムを同期させたダンスナンバーで、いかにもストーン・ローゼス風のグルーヴが心地よい。続く新曲「HATE SCHOOL MATE」はラモーンズ的なロックンロールに突然ヒップホップが入ってくるユーモア満載のナンバーだし、そのあとの「DIVE TO DIE」は疾走感とポップさを持ったツービートのメロディック風。パンク全般を愛しているのはよくわかるし、さらには90’sオルタナやマンチェの美味しい部分をパーツごとに切り取り、好き勝手コラージュしたような楽曲が多い。構成の妙味をしっかり聴かせる技術はないが、その代わり、飛び跳ねたり煽ったり叫んだりと暴れ続ける†NANCY†の存在感がひときわキャッチー。MJMもしょっちゅうダイブを繰り返し天井に見つめながら放心している。綺麗に言うなら「魂の解放区」。悪く言えば「クズどものジャンク・パーティー」。ルールや統制などありゃしない状況は、プリミティブなパンクの原風景でもあった。