リアム・ギャラガーは転んでもただでは起きない Zepp Tokyo単独公演で見せた新境地

 そのことを思い知らせるのが、『As You Were』から3番目のシングルとなる「For What It's Worth」。起伏に富んだメロディに、ストリングスが羽を広げるギターバラードは、兄のノエルが十八番としてきたスタイル。それは要するに、Oasisの名曲たちと同じく、リアムの歌声が一番しっくりくる曲調であることを意味する。ここでは作曲をリアムとサイモン・ジョンズ、プロデュースをダン・グレチ・マルゲラットが担当。ダンはRadioheadの『Amnesiac』でエンジニアを務めたあと、The KooksやThe Vaccines、Keane、Circa Wavesといった良質なUKバンドのほか、最近だとイジー・ビズのアーバンな名曲「White Tiger」にも携わっている人物だ。

 やはりこの曲では、赤裸々なリリックを強調しておきたい。〈For what it's worth I'm sorry for the hurt / I'll be the first to say, "I made my own mistakes"(こんなの意味ないだろうけど、傷つけてしまってごめん/俺に言わせてくれよ、自分が間違えていたって)〉と歌われるサビはあまりに切実だ。ここにはリアム本人も認めるように、懺悔の念がたっぷりと込められている。

 ほかにも、「2人のあいだに橋を架けて、俺はプライドを呑み込むとするよ」という一節が象徴するように、「For What It's Worth」は2014年に離婚したニコール・アップルトンに捧げられたものだと指摘する声が多い。離婚はリアムの隠し子騒動が原因なのでフォローしようがないのだが、かさぶたを剥がすようなリリックを、あのセンシティブ極まりない歌声で届けられると、後悔しているのが痛いほど伝わってきて、無性に切なくなってしまう。


 ここでライブに話を戻すと、リアム本人の名前が入ったバックドロップと共に、“ROCK'N'ROLL”の文字がステージに掲げられていたのも印象的だった。そのときは、「さすがはロックンロール・スター」くらいにしか思わなかったのだが、こうやって歌詞に込められたものを辿っていくうちに、リアムの抱える悲壮感がとてつもなく大きなものに思えてきてしまう。

 退屈な街を飛び出して、スターダムを駆け抜けてから20年以上が経過した。“ゴシップの帝王”とも呼ばれた彼のこと。その濃厚な月日はきっと、「Rock 'n' Roll Star」で何百回も歌ってきたように、一瞬で過ぎ去っていったことだろう。ふと歩みをストップしてみたとき、破天荒な人生の代償として、多くを失っていたことに彼は気付いたのかもしれない。

 ロックンロールが自分の内面から奏でられる物語であることをリアムは知っている。だから、OasisやBeady Eyeの解散によって、身内のバンドメンバーも失ってしまった彼は、ひとりぼっちで曲作りを進める方向も探っていたのかもしれない。それこそ、もう少し自分の作曲能力を信じることができたら、彼の大好きな『ジョンの魂』みたいなソロ作をめざした可能性だってあったのだろう。いずれにせよ、パーソナルな作家性は強調するにしても、“合理的な判断”と第三者のサポートを積極的に受け入れる道をリアムは選んだわけだが、でも、考えてみてほしい。口の悪さと不器用さで知られる暴れん坊が、いろんな葛藤と向き合い、他人の意見に耳を傾け、しかも「自分が間違えていた」とまで吐露している。これだけ這いずり回って、それでも“ROCK'N'ROLL”を掲げるのだとしたら、そこには相当の覚悟が込められているに違いない。

 そうやって考えると『As You Were』はサウンドのモダン化に加えて、ソングライター(というよりはリリシスト?)としての“剥き出しになったリアム”も聴きどころになってきそうだ。ちなみに、もうひとつのシングル「Chinatown」では、リアムとグレッグ・カースティンのリリカルな側面が、アコースティックな音世界に結実しており、いなたいメロディもなんともリアム的。それと先日のにライブでは、バウンシーなロックンロールからビートリーなサイケ調まで、リアムの好きそうなものが詰まった未発表曲もプレイされていた。内容はまだ想像するしかないが、転んでもただでは起きないリアムのこと。とてつもないアルバムを用意してくることを期待したい。


(ライブ写真=MITCH IKEDA)

 ■小熊俊哉
1986年新潟県生まれ。ライター、編集者。洋楽誌『クロスビート』編集部を経て、現在は音楽サイト『Mikiki』に所属。編書に『Jazz The New Chapter』『クワイエット・コーナー 心を静める音楽集』『ポストロック・ディスク・ガイド』など。Twitter:@kitikuma3

オフィシャルサイト

関連記事