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栗原裕一郎の音楽本レビュー 第16回:『プリンスとパープル・レイン (音楽と映画を融合させた歴史的名盤の舞台裏) 』

『プリンスとパープル・レイン』は何について書かれた本なのか? 栗原裕一郎が読み解く同著の意義

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「聞き慣れないコードだ――B♭の3度を2度に置き換え、ベース音はD。1年後、このサウンドは観客を熱狂させることになる」

 そんな文章で書き始められているから、楽曲分析的に『パープル・レイン』というアルバムの秘密に迫った本なのかと思いきや、コードやサウンドを解析するような話はこれで終わりでそれきり登場しない(鷺巣詩郎が巻末の特別寄稿で、著者のこのトスを受けるようにアナリーゼを展開している)。

プリンスとパープル・レイン (音楽と映画を融合させた歴史的名盤の舞台裏) (DU BOOKS)

 ではこの本は『パープル・レイン』の何について書かれたものなのか。

 映画『パープル・レイン』およびそのサウンドトラックであるアルバム『パープル・レイン』をめぐる真実を明らかにしようとした本と、一言で言えばそういうことになるだろう。帯にも「初めて紐解かれる、殿下=プリンスを取り巻いた『パープル・レイン』の真実!!」という惹句が躍っている。

 真実を明らかにするというからには、『パープル・レイン』には謎があるという認識が前提とされているのだろうが、しかしそもそもあの映画とアルバムに関していったい何が謎とされているのか?……というあたりで、取り立ててプリンス・フリークではない評者のような人間は軽く躓いてしまいそうになる。

 あらためて帯を見ると「音楽と映画を融合させた歴史的名盤の舞台裏」という一文が背にある。つまりこの本は、謎を解くというよりも、これまで詳らかになっていなかった『パープル・レイン』という映画およびサントラの成立経緯と制作プロセスの実際を検証すること、そしてメディア露出を極度に避けていたせいで人物像に未知の部分が多く残るプリンスという音楽家の素顔を描き出すことを目的としたものなのである。

 著者のアラン・ライトは、『ローリング・ストーン』誌で主筆を務めたあと、クインシー・ジョーンズが創刊メンバーの音楽誌『ヴァイブ』や、アメリカの音楽誌『スピン』でチーフ・エディターを歴任した音楽ジャーナリストだ。『ニューヨーク・タイムズ』にも定期的に寄稿している。

 原書の発表は『パープル・レイン』30周年にあたる2014年。関係者への取材と資料の調査というオーソドックスな手法に基づいた、ごく手堅いジャーナリスティックな1冊である。ただしアランはティーンエイジャーの頃からの熱狂的なプリンス・ファンだそうで、着実な筆致の隙間から抑え切れないプリンス愛が滲み出ているのが、ジャーナリスティックなトーンのなかにあって異色というか微笑ましい。

 なぜ『パープル・レイン』という作品だけに焦点が絞られているのかというと、もちろんプリンスの出世作にして最大のヒット作だからだ。

 だがそれ以上に、『パープル・レイン』という作品が、アメリカのポピュラー音楽シーンにおける黒人音楽の位置付けや受容に関して未曾有の影響をもたらしたということが大きい。80年代はMTVの時代だったが、実は最初、黒人ミュージシャンのミュージック・ビデオは放映されなかった。人種的に腑分けされていたのである。その壁を破ったのが、マイケル・ジャクソンであり、プリンスだった。マイケルは圧倒的完成度とエンターテインメント性、新しさと大衆性を併せ持った「スリラー」というMVを引っ提げてMTVをジャックしたが、プリンスは『パープル・レイン』という映画で、さらにトータルに映像と音楽を融合し、MTVと共存関係になりつつあったハリウッドで成功を収め、大きな変動を迎えようとしていたポップ・カルチャーにおいて覇者となることを目指したのである。

 MTVが始まったばかりの頃は、MVに対して音楽の純粋性が削がれると懐疑的・否定的な姿勢を見せるミュージシャンも少なくなかったが、プリンスは即座にそのポテンシャルを見抜き大興奮していたそうだ。

 プリンスの先見の明を示すこんなエピソードが紹介されている。ある日、ツアー・マネージャーのアラン・リーズがプリンスの部屋に行くと、彼は新曲を演奏していた。プリンスは何か説明をしてくるのだがあまりの爆音で聞き取れない。そのうち新曲をビデオでどう見せるのかについて話しているのだとわかった。

「私が「それは今朝作曲したばかりだろう! もうビデオのことを考えているのか?」と聞いたら、彼は「アラン、わかってないな。今じゃ音楽は聞くものじゃない。観るものなんだよ。僕は両方のアイデアを一緒に思いつくんだ」と答えた。目からウロコだったね。私は頭が古いから、ビデオはただのおまけだと考えていた」

      

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