コトリンゴが手がけた『この世界の片隅に』劇伴の特徴は? 映像音楽の専門家が紐解く
コトリンゴが多用したピアノの音色
本作の劇伴では、アコースティック・ピアノ(以下、「ピアノ」で統一する)の音色を用いた劇伴が非常に多い。
その主な使用例は以下の3点である。
1、ピアノソロ楽曲
2、ピアノと他のアコースティック楽器とのアンサンブル
3、メインは他の楽器が担当する中で、アクセントとしてのスパイス効果
1940年代が物語のメインピリオドであるが、こういった一時代前をテーマにした映像作品の劇伴にピアノの音色を「多用した」という部分に筆者は注目した。
ピアノの音色はその澄んだサウンドもあり「新しく」聴こえてしまう可能性が高いといった理由から、本作のような一世代前が舞台になっている映像作品や、更に以前の時代をテーマにした時代劇などの劇伴では、比較的使用が避けられてきたという背景がある。特に上記3の用法の時に、映像の中で「新しく」聴こえてしまう傾向が強いと映像関係者も話す。
しかし、本作の劇伴の楽器編成は西洋音楽で古くから使われてきた弦楽器や木管楽器などによるものが中心であるし、和声進行などの構造の面などからみても古典的なスタイルで書かれた劇伴が多いといった理由もあり、ピアノの音色を大胆に使用しても映像とのバランスに関して違和感なく響いている。
現在は、コンピュータベースの音楽制作が主流になっていることもあり、そういったテクノロジーの進化の面に焦点を当て、これまでとは違った劇伴の一面が語られることが多いが、上記のように長い歴史がある楽器の音色を、映像に対して効果的に使用することでも、ある意味規格外といえる劇伴は生まれるはずだ。
劇伴は本来、音楽単体で聴くためのものではない。しかし本作の劇伴は今回記述してきたように、主人公の視点から描かれたピュアで心温まる劇伴や、声を効果的に取り入れた劇伴など、音楽単体で聴いても非常に楽しめるものとなっている。その点も意識したうえで今作を観る・聴くと、新たな発見があるだろう。
■高野裕也
作曲家、編曲家。東京音楽大学卒業。
「映像音楽」「広告音楽」の作曲におけるプロフェッショナル。
これまでに様々な作品に携わるほか、各種メディアでも特集が組まれる。
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