柴 那典の新譜キュレーション 第7回
ボン・イヴェール、フランシス......世紀の発明 Prismizerが生んだ“デジタルクワイア”とは?
フランシス・アンド・ザ・ライツ『Farewell, Starlite!』
では「Prismizer」を開発したのは誰なのか?
それが、ニューヨーク在住のアーティスト、フランシス・フェアウェル・スターライトだ。彼によるプロジェクト、フランシス・アンド・ザ・ライツの初のフルアルバム『Farewell, Starlite!』を聴くと、R&Bをベースにしたその音楽性が、ボン・イヴェール『22、ア・ミリオン』と深くつながっていることがわかる。
というより、コラボを通してより直接的に両者は結びついている。アルバムのリード曲「フレンズ」で、カニエ・ウエストとボン・イヴェールをフィーチャリングしている。
ここでもキーになっているのはエレクトロニック・ハーモニーだ。アルバム全体を通しても、ピアノの詩情と電子音のひんやりとした冷たさの上で、デジタル加工された声が独特の歌心を見せる一枚になっている。
それを成り立たせているのが、彼自身が開発したエフェクト「Prismizer」。詳しい仕組みはわからないが、オートチューンともボコーダーとも異なり、まるでプリズムのように一つの声から多重コーラスを生み出すソフトウェアのようだ。
僕自身は機材方面に疎いので周囲の詳しい人に訊いたところ、旧来のハーモナイザーでは単に3度上とか5度上のように音程を変化させるだけなのでどこかで不協和音になってしまうところを、キーやコード進行をリアルタイムで解析して和音を生成し多彩なハーモニーを生み出すことのできるソフトウェアなのではないか、ということだった。
ちなみに、フランシス・アンド・ザ・ライツはすでに各方面にフィーチャリング参加し、この「Prismizer」を使った歌声を披露している。各方面から大絶賛を浴びたチャンス・ザ・ラッパー『カラーリング・ブック』には、「サマー・フレンズ」「オール・ウィー・ゴット」の2曲で参加している。チャンス・ザ・ラッパーはアップル・ミュージックのゼイン・ロウのインタビューに答えて「まるで15体のサイボーグがオートチューンを使って歌ってるみたいだった」とフランシスの歌声を評している。
そして、彼はやはり2016年を代表する一枚であるフランク・オーシャン『ブロンド』にも「クロース・トゥ・ユー」で参加している。
どうやら、フランシス・アンド・ザ・ライツが2016年のアメリカ音楽シーンの「影のキーパーソン」であることは間違いなさそうだ。
カシミア・キャット『ワイルド・ラブ』
そして、やはりフランシス・アンド・ザ・ライツが参加し「Prismizer」を駆使したエレクトロニック・ハーモニーを響かせているのが、カシミア・キャットの新曲「ワイルド・ラブ」。この曲にはザ・ウィークエンドもフィーチャリング参加し、色気ある歌声を聴かせてくれている。
カシミア・キャットはノルウェー出身のDJ/プロデューサー。ハドソン・モホークやラスティーを輩出したレーベル<Lucky Me>所属で、今のエレクトロの最先端を突き進んでいるトラックメイカーの一人だ。カニエ・ウエストやリアーナ、アリアナ・グランデなどのビッグネームとの仕事で名を上げてきた彼。今年のサマソニでも衝撃的なライブを見せてくれたが、この原稿を書いている10月時点では、まだフルアルバムのリリースは未定。次の時代の主役の一人になりそうな予感がする。