>  > 90年代“レコードの聖地”としての宇田川町

集中連載:90年代ジャパニーズヒップホップの熱狂 第1回

90年代ヒップホップ集中連載1:元CISCOバイヤーが語る、宇田川町が“レコードの聖地”だった頃 

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「日本語ラップを盛り上げることに使命感を持っていた」

――94〜5年になってくると、宇田川町は“レコードの聖地”と呼ばれ始めましたが、当時の宇田川町は、やっぱり特別な雰囲気がありましたか?

YANATAKE:あったと思います。すべての情報の発信場所と言ってもいいほど。インターネットがない当時、あらゆる情報が宇田川町に集まっていたと思う。でもそれゆえ、情報戦に勝たないと生き残れない場所だった。他店に行ってCISCOでも扱いたいレコードを見つけたら、当時は写メなんてないから、レコード番号を暗記して卸業者に問い合わせたり。閉店後に出したゴミの段ボールを見て、どこの卸業者から下ろしているのか調べて、知らないところであればそれで新たなルートを開拓したり。レコードショップの数も多くて、マンションの1室とか雑貨屋さんで置いているのとかも含めてだと思うけど、最大で200店舗近くあったってギネスブックにも載っていたらしい。俺ら店員も昼休みにいろんなレコードショップを毎日チェックして、中古で安いのがあったら、「この店は分かってねえな」って抜いちゃう。で、とりあえず自分のストックとして、CISCOのロッカーに取っておいた。みんなもいろいろ見つけてくるから、交換したり、譲ったりしていたね。

――当時は、CISCOの袋を持って街を歩いていることが一種のステータスになっていましたね。迷彩のショックウェーブを持っていると、さらにイケてるみたいな。

YANATAKE:レコードがファッション的に捉えられていたんでしょうね。みんな袋がシワシワになるまで使っていたし、あれ自体が広告になって売り上げに繋がることもあった。大手ではタワーレコードやHMVがやってたかもしれないけど、渋谷のレコード村で袋の片面を広告にしたのは僕の企画で、CISCOが最初に始めたんです。その第一弾がLAMP EYEの『証言』だった。僕は日本語ラップからヒップホップに入ったこともあって、CISCOでも日本語ラップを推すのを一つのカラーにしていたんですよ。さんピンCAMPのころは良かったんだけど、クラブで日本語ラップが全く流れない時期とかもあったし、日本語ラップを盛り上げなくちゃ、みたいな使命感は常に持ってました。当時は『Black Music Review』でシングルレビューの連載をしていたんだけど、そこでも他の雑誌ではやっていなかった日本語ラップについて、いち早く書いてみたり。もちろんその使命感は店の仕入れにも反映していたし。

――当時の宇田川町は、音楽業界にも影響を与えていたように思います。

YANATAKE:例えばDJがリミックスを作って、それをHARLEMでかけて、その曲で有名なダンサーたちが踊る。すると、みんなが「あの曲何だ?」って話題になって、それがアナログで出ると売れて、次第にメジャーシーンにも波及していく、みたいな構図はありましたね。レコードショップから火がついて、それがクラブに移って、一般層に広がる、という流れ。毎日、有名なDJが店に来ていたし、レコードショップとクラブカルチャーはものすごく密接でした。当時は新譜全盛期で、まだ誰もが持っていない作品をいち早く手に入れて、それをクラブでかけることが自慢になったんだけど、それはつまりお客さんも知らない曲についてきていたってことなんですよね。

――あの時代のお客さんはDJに全信頼を置いていたと言えるかもしれませんね。

YANATAKE:そうかもしれない。今みたいに、知らない曲のときはあまり盛り上がらないわけじゃなくて、むしろ知らない曲を知りたい、みたいな感じだったから。当時に比べると最近のクラブは“カラオケ化”しているよね。カラオケに行って知らない曲を歌われたら盛り上がらないみたいな、そういう感じになっちゃっている。今流行っているEDMも、ほとんどの曲が同じ構成で同じ盛り上がり方をするから、曲を知らなくても盛り上がれる。言ってしまえばあれもカラオケなんだよね。もちろん、昔がよかったって言っているわけではなくて、そういうふうに文化が変わったというだけの話なんだけれど。

――当時だと、マルキュー(109)のカリスマ店員とクラブの接点もありましたよね。

YANATAKE:ミックステープとかクラブのフライヤーとかをお店に置かせてもらって、その時に店員の子に「招待するので遊びに来てください」とか言うと彼女たちが遊びに来て、「なんかイケてる子がいるぞ」みたいな形で、また人が集まってくるっていう流れがありましたね。渋谷全体で、カルチャーが絡み合っている状況だったんだと思います。(続きは12月上旬発売予定の『私たちが熱狂した90年代ジャパニーズヒップホップ(仮)』にて)

(取材=佐藤公郎/構成=編集部)

■DJ YANATAKE
DJ/ディレクター/音楽ライター。レコードショップ”CISCO”のチーフバイヤーとして渋谷宇田川町アナログ・ブームの一時代を築き、DEF JAM JAPANの立ち上げやMTV JAPANに選曲家として参加するなどヒップホップ・シーンの重要な場面を担って来た存在。ビデオゲーム”Grand Theft Auto”シリーズや宇多田ヒカルのPR/発売イベントも手掛け多方面に活躍中。DJとしてはageHa、VISIONなどの大型クラブから、音楽好きの集まる小箱まで多くのパーティーを盛り上げている。またTBSラジオの人気番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」やInterFMなどにも準レギュラーとして出演中。近年は旧友であるm-floの☆Taku Takahashiが立ち上げたインターネット・ラジオ局block.fmにてヒップホップの人気番組「INSIDE OUT」のディレクションや、Zeebraや漢 a.k.a. GAMIのレーベル、タワーレコードのUSTREAM番組も手掛け、SKY-HI作品の制作を担当するなどマルチな活動が注目を集めている。DJとしては全国で初めてLINE MUSICのオフィシャル・プレイリストを制作・更新中。大型ヒップホップ・フェス「SUMMER BOMB」やライムスター全国ツアーのオープニングMIXを担当。「SOUL CAMP」では日本人で唯一2年連続出演を果たしている。また大ブームが巻き起こっているMCバトルの中心的イベント「戦極MCBATTLE」のメインDJもつとめている。

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■書籍情報
『私たちが熱狂した90年代ジャパニーズヒップホップ(仮)』
価格:1,620円
発売:12月上旬予定
単行本(ソフトカバー): 192ページ(予定)
出版社: 辰巳出版

      

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