「東京のレコード屋」は20年でどう変わったか? 若杉実と片寄明人が語り合う

 2014年に刊行され、話題を呼んだ『渋谷系』の著者である若杉実氏が、3月31日に東京のレコードショップについての歴史を紹介する著書『東京レコ屋ヒストリー』を上梓した。同著は、1990年代に渋谷を中心として盛り上がりを見せていたレコードショップについて、当時の関係者への取材や様々な文献などを踏まえ、1930年代から現代までを全7章にわたって追いかけた労作だ。今回リアルサウンドでは、著者の若杉氏と片寄明人氏(GREAT3/Chocolat & Akito)による対談を行ない、同氏が改めてレコード屋の歴史と向かい合った理由や、レコード屋を取り巻く環境の変化、近年若年層に違った価値観で浸透しつつある“レコード文化”について、じっくり語り合ってもらった。(編集部)

「90年代のレコード屋は極めてサロン的だった」(片寄)

――まずはこのテーマで執筆することになった経緯について教えてください。

若杉:20年くらい前に一度考えた企画だったんです。渋谷にレコード屋が沢山あった1995年前後に、店主のお話を聞いて一冊の本にしたいとは思っていて。でも、その時はできずに20年近くが経ち、自分が『渋谷系』という本を書き、次に何を書くかというときに、このテーマが違った形で再浮上したんです。

――当時に比べ、各段にレコード屋が少なくなっていた。

若杉:そうです。ただ、その一方で『レコード・ストア・デイ』のようなイベントが開催されたり、若い人たちは「アナログがかっこいい」と盛り上がっていたりするわけで。そのギャップをどう埋めるのか、もしくは客観的に分析するのかと考え、自分なりにひとまず歴史をできる範囲で辿ってみようと考えたんです。

片寄:最初に書店で『東京レコ屋ヒストリー』を見かけたとき、間違いなく自分が興味を持つ題材だと思い、実際に読んでみたら相当に面白くて。この本って、もちろんレコード屋をメインにはしているんですけど、そこにいる人間を主人公としたお話ですよね。自分にとってもリアルタイムで知っている人やお店が出てくるので、リアリティもありましたし。 たとえば、僕と木暮くんがロッテンハッツを組んでいたとき、渋谷のハイファイ・レコード・ストアで小暮くんと田島貴男くんがバイトしていて、店長のいない間は色んな高いレコードを掛け放題だったから、居心地が良くてつい通っていたんです(笑)。そのうちハイファイには僕のおススメ盤を特集するコーナーができたり、キャプションを自分で書いたりと、もはや店員のようなものでした(笑)。あと、この本のなかだと縁が深いのは『芽瑠璃(めるり)堂』ですね。大学を出てから1年間くらい、<ヴィヴィド・サウンド・コーポレーション>で働いていたことがあって、社長の長野兄弟(長野文夫氏、和夫氏)のことはよく知っています。本を見る限りお元気そうで良かった。

若杉:長野さんに取材をしたのは最後の方なのですが、話を聞いたことで、すべてひっくり返されたような感覚になったんです。業界自体が斜陽化にあることもあって、どの店主も暗い話ばかりで、実際に取材対象となった二軒の老舗が執筆中に閉店してしまった。ところが長野さんは「ネットを活用してバリバリやっていける」と仰っていて。実際にネットを活用してロングテール的な売り方で成功しているという結果も残していたので、本の着地点がこれで当初の予定から良い意味で変わりました。

――後半(第七章内「オンライン時代」)の部分ですね。

若杉:はい。でも一概にネットショップに流通させることが良いというものでもない。たとえば新宿の『オレンジストリート』さんのように「オンラインはやらない」と断言している店舗もその章ではあつかっています。店によってはオンラインの在庫を優先することで、店頭から商品が消えてしまい、直接店に訪れる人が減ってしまうこともあるみたいですから、僕自身はあくまで中立的に、ひとつの歴史として書いたつもりです。

片寄:店主へのインタビューも多いから、店舗側の目線で語られて考えさせられる部分もありますよね。万引きの話(第七章内「万引列伝」)をはじめ、個性的なお客さんの話がちりばめられています。僕もハイファイに出入りしているときはいろんな方を見かけて「大変だなあ」と思いました。

若杉:僕はお客として店に通うのは好きでも、働きたいとは思わなかった。たとえば、よく通っていた下北沢の『フラッシュ・ディスク・ランチ』の椿さん(店主)なんか、バイトへの教育が厳しかったですからね(苦笑)。それでもレコード屋のバイトって人気があったみたいなんですよ。募集するとすぐに応募が来たりして。

片寄:働いているのはミュージシャンが多かったのかもしれません。とくにハイファイは田島くんや木暮くん、関美彦くんに神田朋樹くんとか。買い付けでアメリカに行けるという部分も魅力だったみたいですし。ただ、いざ行ってみると、やっぱりお店の在庫が第一で、自分のものは、売り物にならないようなキズ盤しか買えなかったそうですが(笑)。

――やはりそういう場所がミュージシャンを育てたということなのでしょうか。

若杉:そうだと思います。サロンとまでは言えないかもしれないですけど。

片寄:いや、極めてサロン的だと思いますよ。例えば海外だと、シカゴにもそういうレコード屋がありましたね。ベテランのミュージシャンが店員を務めていて、皆がそこに通ったり、一つのコミュニティが生まれています。

――2016年現在、サロンとして機能しているレコードショップはどこだろうと考えてみたのですが、著書の後半で若杉さんが「実店舗、オンラインともにバランスよく運営されている」と評している『ココナッツディスク』の吉祥寺店がそうだといえるのかもしれません。定期的にインストアイベントを行っていたり、若手ミュージシャンのレコードを積極的に販売していることで、若い常連客の姿も多くみられます。

若杉:吉祥寺店は積極的にインディーズ系のアーティストを支援していますよね。ほかの支店はまた違う感じで、江古田や池袋にある支店はそれぞれにカラーがあります。著書内でも書きましたが、やはりレコードマニアはレコードを探すのではなく、レコード屋を探しているわけで(笑)。人と被ったところにはあまり行かず、自分だけの場所を探して歩くというか。

片寄:たしかに、できたばかりの店を見つけるとゾクゾクしますよね(笑)。そういうところに限って掘り出し物があったりして。ハワイで一度ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストのモノラル盤を20ドルくらいで買っているんですが、これ、日本だと7、8万円くらいなんです。それが無造作に値段が付いていない状態で、カウンターに置かれていているのを見つけて。「20ドルだよ」と言われたのですぐに買って帰った記憶があります。

若杉:でも今はインターネットの影響で相場がすぐにわかるようになったし、プライスが均一化されましたよね。

片寄:心なしか品ぞろえも均一化されてきた気がします。だからこそレアなコレクションがまとめて放出されていると「誰かコレクターのかたがお亡くなりになったのかな…」なんて滅相も無いことを考えてしまったりもします。そんな自分も一昨年くらいにアルバム(GREAT3『愛の関係』)の制作へ集中しようと思い、資金を捻出するためにかなりのコレクションを売りましたよ。

若杉:すごいな。僕は溜め込む一方ですよ(笑)。

片寄:そもそも、僕も若杉さんもそうだと思うんですが、ここ数年で以前に比べてレコード店に足を運ばなくなった自覚があるんです。だから、この本を見て閉店したことを知った店もあって、少し自責の念に駆られるとともに切なくなりました。やはりインターネットでなんでも手に入る時代ですし、ついついお店で探すことをせずにe-bayやDiscogsを使ってしまう自分もいるんです。かつてはレコード屋の店員さんに「一番お店で見かけるミュージシャンだ」と言われたこともあったぐらいだったのに(笑)。

若杉:僕もですね。昔は毎日のように通っていたのに、頻度は大きく減ってしまいました。わがままであるのは分かっているんですが、それでも残っていてほしいという気持ちはあるんですよね。

片寄:ありますね。自分のレコード棚を見ても、お店で買ったものにはいろいろな思い入れがあるのに、ネットで買ったものは何らかの愛情の薄さを感じてしまう。でも、珍しいものはネットのほうが簡単に手に入るので、つい手が出てしまうんです。色々考えさせられました。本に記載されていた店舗でも、記憶から消えていたお店もあったりして何度も読んでて、アッ!ってなりました。祐天寺の『ワンウェイ・レコード』とか。

若杉:ワンウェイは少しだけですが取り上げさせてもらいましたね。

片寄:あそこは結構遅い時間までやっていたので、遊んだ帰りに祐天寺にクルマを停めて、ソウル系の盤を買って帰ったりしていました。あとは『ナイロン100%』。僕も子供でしたが何回かお茶をしたことがありました。他にも輸入音楽ビデオを観せる場所とか、そういった場所でサロン的に同じ音楽好きの方と出会って交流が始まったり、バンドを組んだり、一緒にライブへ行くこともあったんです。レコード屋も、当時の自分にとっては音楽の情報を得る場所であり、人と出会う場所だったことを思い出しました。

若杉:そうなんですよね。だからネットショップしか知らないような若い人が、音楽業界の仕事をしたいと思ったときどうするんだろうと逆に気になります。僕自身もこういった店舗が沢山あったからこそ、今のような職にありつけたと思うので。

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