ニューシングル『風が吹いた日』インタビュー

SING LIKE TALKINGが語る、ポップスと時代の関係「環境に素直に反応して、ベストな仕事をする」

 

「大衆性を考えても、ロクなものは作れない」(西村智彦)

ーー「Find It(In Your Heart)~初夏の印象~」(1990年)から「Loging ~雨のRegret~」(2015年)までキャリアを網羅したセットリストも印象的でした。音楽の幅も本当に広いですよね。

佐藤:八方美人というか(笑)、いろんなことをやってきましたからね。AORと呼ばれているものから本格的に音楽に入ったんですけど、いろいろとルーツを探っていくうちに「AORはジャンルというより、音楽的な捉え方の概念なんだ」というところに行き着いたんです。究極はビートルズとかクインシー・ジョーンズの全人生ということになるんだけど、彼らと同じように、そのときに興味を持っているものに手を出しながら音楽を作っていきたいなと思うようになって。

ーーさまざまな要素を取り込むことこそがAORだという解釈ですね。

佐藤:そうですね。AORのなかにはカントリー、ブルース、ジャズ、ハードロック、クラシック、ソウル、R&B、テクノまで、全部が入っていると思うんですよね。そう考えると「もっと自由でいいんだな」と。続けていくにつれてその概念が当たり前になってきたし、様々な音楽に手を出していないと、作ってる自分たちもつまらなくなるんですよ。一緒にやってくれるミュージシャンの仲間もいろんな音楽に興味を持っているんですよね。たとえばソルトはチャイコフスキーやヴィヴァルディの話をするし、大儀見はサルサのアーティストのことを話したりしますけど、僕らにとってはそれもAORだし、全部「カッコイイな」って思う。そのうえで“ポップスとして僕が歌う”というところに帰結できれば、こんなに楽しいことはないですからね。それを今回はストリングスという切り口で掘り下げてみたということですね。

ーーさきほどのクレア・フィッシャーの話もそうですけど、ストリングスという視点からSING LIKE TALKINGの音楽性を捉え直すことにもつながると思います。

佐藤:そういうふうに楽しんでもらえたら嬉しいですね。人によっては“洋楽っぽいポップス”というくらいのイメージかもしれないけど、28年の活動のなかで、いろいろな変化があるので。比べるのもおこがましいですけど、たとえばイーグルスにしても、ジョー・ウォルシュが加入したことでブルース、レゲエなどの色合いが強くなって、そこから「ホテル・カリフォルニア」が生まれたわけじゃないですか。バンドのキャラクターの変遷を知識ではなく、感覚として触れることができたら、音楽はもっと楽しくなると思うんですよね。

ーー音楽性が変化すれば、リスナーからも賛否両論が出ますよね。とくにヘビィロック系のサウンドを取り入れた『METABOLISM』(2001年)に対するリアクションなどは相当すごかったのでは?

佐藤 すごかったですよ。アルバムの売り上げが半分以下になったんじゃないかな?(笑)

ーーそれもやりたいことをやった結果と?

佐藤:そうですね。積み重ねてきた音というのもあるけど、ぜんぜん違うものが好きになることも当然あるので。さっきも言ったように、それを素直にやらないとモチベーションが下がるんですよ。どこかワガママというか、大人になり切れない部分があるんだと思うんですけど、自分にビビッと来る音楽をやりたいというのはずっとありますね。

ーーポップスである以上、より多くの人に楽しんでもらう側面もあると思うのですが、やりたいことを追求することと、聴きやすいものを作るというバランスはどんなふうに取ってるんですか。

藤田:バランスは取ってないですね、僕らは(笑)。

佐藤:取れないんですよ(笑)。

藤田:それが出来ていれば、もっとヒット曲があっただろうし。

佐藤:おそらく、そういう才能がないんでしょうね(笑)。

西村:大衆性みたいなことを考えても、ロクなものは作れないと思いますね。「楽しんで作ってないな」という空気感も曲のなかに出ちゃうだろうし。

佐藤:流行っている音楽を聴くのは好きなんですけどね。たとえば僕は“いきものがかり”も好きだし、いいメロディだなって思うけど、自分で作ろうと思っても作れないですから。流行っているものに接近してほしいと求められることはあるけど、出来ないことはやらないほうがいい。それぞれのミュージシャンがやりたいことをやって、それぞれにマーケットがあって、そのトータルが音楽シーンになるわけだから。

藤田:うん。ポップスが時代のなかで生きている以上、ファッション性、時代性みたいなものはどうしても含まれますけどね。そのときの社会状況もそうだし、制作の観点でいえれば、テクノロジーの問題もあるし。レコーディングの方法が変われば、同じものを目指していたとしても違うものになることもありますからね。ただ、僕らは大衆性とかけ離れた音楽を追求したいという欲求はあまりないです、おそらく。

ーーストイックに音楽を追求しているイメージはありますけどね。

藤田:そう見えるとしたら、利益留保率みたいなものを考えないからでしょうね。

佐藤:ハハハハハ(笑)。

藤田:そのときにやりたいことに対して、納得できるまで突っ込んでるだけで。あとはなにもないですよ。

ーースティーリー・ダンもそうですけど、ポップスの音楽家は往々にしてマニアックなところに飛び込んでしまいますからね(笑)。

藤田:そうですね。西村くんのソロアルバムを作ったときにエンジニアのロジャー・ニコルスとそういう話になったんですけど、スティーリー・ダンのレコーディングには当時からコンピューターの専門家が参加してたらしいんですよ。「こういうことが出来るか?」という話をして、新しいシステムを開発して。そうなると表現のためにやってるのか、テクノロジーの開発が先なのか微妙じゃないですか、

佐藤:トッド・ラングレンだともっと微妙だろうね(笑)。たぶん、ポップスという言葉の捉え方が各自でぜんぜん違うんでしょうね。ポール・マッカートニーもブライアン・イーノもポップスをやってるつもりだと思うけど、表現はまったく違うじゃないですか。

ーーブライアン・イーノもポップスを作ってるつもりですかね…?

藤田:うん、そうでしょう。

佐藤:さらに突き進んだら、ジョン・ケージみたいになるかもしれないけどね。「それに比べたら、音が出てるんだからポップスだ」っていう感じじゃないかなあ(笑)。それはJ−POPでも同じだと思うんですよ。それぞれのポップスの概念があって、それを形にしているっていう。僕らはいろいろな海外のアーテイストから影響を受けてますけど「彼らがどんな真実を求めて音楽を作っていたか?」というところまで感じられないと、そのクオリティには追いつけないとずっと思ってるんですよね。実際に追いつけたかどうかは別問題ですけど、少なくとも「マネだけしていてもダメだ」というのはありますね。あとね、海外の音楽を取り入れて、ドメスティックなものとして再構築することにも興味がないんですよ。唯一あるとすれば、日本語で歌っているというだけで。

ーー“このサウンドは日本のリスナー向きじゃないから、アレンジしよう”という発想もなかったんですか?

佐藤:ないですね。というか“向く”と思ってたんです。曲が出来るたびに「今回こそ大ヒットだ!」って思ってたから。それが気付いたら、こんな有様ですよ(笑)。

西村:ハハハハ(笑)。

佐藤:いや、どっちがいいとか悪いって話ではないんですけど、リスナーから求められていることを意識して作ったことは一度もないので。自分たちが表現したいこと、求めているものを曲にして、それに対してお足を払っていただく。その結果、プロして活動できる限界値を上回っていれば、来年もまたアルバムが出せるっていうことですから。さっき千章が利益留保率なんて言ってましたけど(笑)、売れたら売れただけ使っちゃいますからね。

ーー利益が出たら、次の制作に回すと。ただ、2000年代以降の制作環境は様変わりしてますよね。バジェットも下がり続けているし、スタジオがどんどん閉鎖している状況もあるし。

佐藤:でも、歴史に“もしも”はないですから。さっきも千章が言ってましたけど、そのときの環境、そのときの空気によって出来上がる曲も変わるじゃないですか。たとえばビートルズは1stアルバムを2週間で録ってるんですね。それは録らざるを得なかったからですけど、だからこそ、あれだけのパワーが生まれたわけで。「ツイスト・アンド・シャウト」をジョンが声をつぶしながら歌ったのも、言ってみれば偶然なんですよ。

ーーそれが伝説的なテイクとして後世に残ったわけですからね。

佐藤:もし1stアルバムから潤沢なバジェットがあったら、また違ったものになったでしょうからね。機材もそうだし、いろいろな外的要因によって生まれて来る作品も変わるというか。だからいまの若いアーティストも、そんなに「昔は良かった」とは思ってないんじゃないかな。だって、昔のことは知らないから(笑)。僕らだってシナトラの時代は知らないし、「そんなことが出来て、羨ましい」なんて思わないですからね。

ーー悲観するようなことではない、と。

佐藤:そう思いますよ。才能とクールな判断力さえあれば、いろんな可能性があるはずなので。その時代のなかで与えられた環境に素直に反応して、ベストな仕事をするしかないですからね。

藤田千章

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