スガ シカオの楽曲はなぜファンキーなのに胸を打つ? “のらりくらり”なコード進行などを分析
さて、これらを踏まえた上で、最新作『THE LAST』から「ふるえる手」と「アストライド」を聴いてみよう。それぞれアルバムの冒頭曲と、最終曲を飾るこの2曲は、とりわけ「スガシカオ節」が炸裂した楽曲である。まずは「ふるえる手」。デビュー前に病に倒れた実の父親について、赤裸々に綴った歌詞が胸を打つ楽曲で、Aメロは<DM7 - C#m - Fdim - F#m - DM7 - C#m - Em - Gdim>。キーはAで、メジャー7thノートを使ったサブドミナントコードで始まる。この洗練された浮遊感と、F#m(VIIIm)を導くためのディミニッシュコード(Fdim)のコントラストが胸をギュッとつかむ。「春夏秋冬」(07年)や、後述する「アストライド」など、スガの楽曲にはしばしばディミニッシュコードが効果的に使われている。7小節目のEmは、「黄金の月」でも出てきたドミナントマイナーコード。ブリッジは<F#m - B7 - Em - Gdim/A>で、ツーファイヴの循環コードを用いながら調性を曖昧にしていき、サビでキーがDへと完全に移調する。このゾクゾクするような緊張感と、ドラムとエレキギターが入って一気にバーストするサビの開放感がたまらない。ふわふわとしたメロトロン風の音色(ビートルズ「Strawberry Fields Foever」のイントロなどで聴けるフルートのような音)も印象的だ。サビのコードは<D - F# - Bm - Am/D7 - G - A - (Dm - Em - F - G)>。2小節目のF#はBmに対するセカンダリー・ドミナントコード。4小節目はドミナントマイナーのAmが、続くD7とともに5小節目のGを導くツーファイブになっている。このあたりの「のらりくらり戦法」も、奥田民生のコードワークと共通するものであり、両者ともジョン・レノンから大きな影響を受けているように思う。おそらく、技巧的ではなく感覚的に作っているのだろう。
最後に「アストライド」。キーはDで、AメロはD /A - D - G/A - Bm7 - Em7/B♭ - Bm7 - G - Asus4/A>。メロディは「ラ」と「シ」の2音を中心に、ボブ・ディランあたりを彷彿させるトーキングブルース的なスタイルになっているのが新鮮だ。この曲も、ブリッジやBメロを挟まずサビへと進む。<D - DonC# - B♭dim - Bm7 - GM7 - A/B♭ - D>。ここでもBm7(VIIIm)を導くためのディミニッシュコードB♭dimが効いている。メロディもまさに「スガシカオ節」で、「愛について」の歌い出しや、「ぼくたちの日々」のサビにも通じる、突き抜けるような爽快感がある。
ファンクミュージックの猥雑で官能的なグルーヴと、胸をつかむビートリーなコード進行、そして、シンプルかつストレートなメロディ。サラリーマン退職後、下積み時代を経て確立した「スガ シカオ節」は、その後、音楽的な変化/進化を繰り返しながらも、常にコア要素として存在し続けており、最新作『THE LAST』でも揺るぎない力強さになっているのである。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。
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