市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第33回
ジェフ・リンの武器は〈世界一の無垢さ〉だーー市川哲史がELO14年ぶりの新作を機に再分析
ポール・マッカートニーは、リンをこう評している。
「とても謙虚で、ある意味純粋。おまけに極めて熟練しているのがジェフだ」
リンはリンで、「フリー・アズ・ア・バード」が完成した瞬間をこう述懐する。
「完成したときは忘れもしない、ポールが僕を抱きしめて『よくやった』と褒めてくれてね。嬉しかったぁ……そんなとこかな(遠目笑)」
ただしマッカートニーは、こうも述べていた。例の《ビートルズ・アンソロジー・プロジェクト》における「新曲」候補は、実は3曲あったらしい。
「『フリー・アズ・ア・バード』と『リアル・ラヴ』は完成させたよね? さらにもう1曲、いじってみたけどジョージが反対した曲があった。『ゴミだ』とか言っちゃってさ(呆笑)。僕らがいくら『これぞジョンだ』と説得しても譲らないんで、こっちが折れた。あはは。その音源がまだどこかにあるはずだよ。ま、いずれこっそりジェフと仕上げてやるさ(悪人笑)」
ジェフ・リンには申し訳ないが、マッカートニーはきみを便利屋程度にしか思ってないぞ。事実、彼の97年発表の名盤『フレミング・パイ』の半分をプロデュースさせてもらったものの、結局求められていたのは〈ビートルズ職人〉としての腕だけだった。それ以上は「さしでがましい」とばかり無言の圧力に完封されたのか、リンのプロデュース作品にしては珍しく彼の色がほとんど出ていないのが可笑しい。
わははは。ポール・マッカートニー、さすがの貫禄である。というかXTCのアンディ・パートリッジもそうなのだが、こうしたアクの強さというか性格の悪さというか屈折した性根もまた、リンの私心の無さ同様、優秀なポップ・ミュージックを生む重要なファクターだったりするから、まったくもってストレンジな話だ。
ポップ道とはいまなお険し――。
偶然とは恐ろしいもので、ジェフ・リンズELO14年ぶりの新作『アローン・イン・ザ・ユニヴァース』が来月リリースされる。
先行プロモ配信中の新曲「When I Was A Boy」からは、例のUFOが全く似合わないほど素朴なポップ・ミュージックが、現代の機材に頼らぬ昔気質のサウンドで聴こえてくる。しかも唄われる言葉は、〈When I was a boy,I had a dream〉で〈And radio waves keep company〉ときたもんだ。
ジェフ・リンはこんなにも純情なままで、大丈夫なのだろうか。ま、だからこそずーっと目が離せないのだけれども。
■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)