カバーブーム立役者の軌跡(後編)

徳永英明、ついに『VOCALIST』シリーズに終止符? 10年間の”カバー術”を検証する

 徳永は、『VOCALIST 6』の特典DVDのインタビューで女性の心情を歌うことについて「女心が分かってたら、その感情に引っ張られてしまうので、ギトギトでべたべたに聴こえてしまうと思う。ただ、たとえば吉田美和ちゃんの『LOVE LOVE LOVE』など、コンサートで何回も歌っていると、だんだん詩の意味や、彼女がどうしてそういう詩を書いたかを理解してくる。そうしたときに気をつけなければいけないのは、感情を込めて歌ってしまうとギトギトでべたべたになってしまうので、感情を入れないように声を当てていく」と、そのスタンスについて明かしている。そして、彼のこのような一歩引いたスタンスはいつしか同シリーズの色となり、作品を重ねるごとに、むしろ徳永自身の存在感も高まってきた。そして2007年、音楽番組『うたばん』に出演したことをきっかけに、3作目『VOCALIST 3』がヒット。これまでのアルバムにも注目が集まり、同シリーズは名曲の道しるべとしての役割を果たすようになっていく。

 当初より予定していた3部作をリリースした後は、徳永は「『VOCALIST』を購入してくれたたくさんのファンの方がいる。そういう方々に責任を取るではないですが、みんなが飽きるまでやってもいいのかなと思ったんです」と、2010年、『VOCALIST 4』の制作に望む。同作では、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、あみん「待つわ」、和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」など、女性の芯の強さをも表現した楽曲にも挑戦。とくに「あの鐘を鳴らすのはあなた」は出色の仕上がりを示した。同曲を力強い楽曲と捉えて情熱的にカバーする男性シンガーも多いなか、前述したような徳永ならではのアプローチで、同曲の叙情的な部分をうまく引き出しているのだ。続く5作目にあたる、2012年リリースの『VOCALIST VINTAGE』では、園まりや藤圭子が歌った「夢は夜ひらく」、美空ひばりの「悲しい酒」、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」など、60~70年代の名曲を、深い理解と親密さを持って歌い上げ、さらに表現の幅を拡げてきた。

 そして今作『VOCALIST 6』は、徳永にとってカバー曲シリーズの集大成と呼べる作品に仕上がった。山口百恵が武道館で歌手を引退する際に歌った名曲「さよならの向う側」で幕を開ける本作は、薬師丸ひろ子が14年末の紅白歌合戦で披露した「Woman "Wの悲劇"より」や、中森明菜の「スローモーション」といった、往年の名曲はもちろん、テクニカルな歌唱が要求されるDREAMS COME TRUEの「サンキュ.」や、疾走感のある曲調のtrf「寒い夜だから…」など、バラードとは異なるテイストの楽曲も披露。1~3作目で作り上げてきた”誰もが知る名曲を歌う”オーソドックスさと、4~5作目で見せた音楽的な挑戦を兼ね備えた1枚であり、この10年で徳永が歩んできた道を集約したような作品となっているのだ。徳永が今作を持って同シリーズに一区切りを付けようというのは、この1枚を聞けば、十分に理解できるのではないか。

 しかしながら、シンガーとしての徳永は、もちろんここで歩みを止めるわけではないだろう。この10年、カバーを歌い続けてきた徳永は「『VOCALIST』をやるということは、一度ゆっくりと歌と向き合うという時間だったのかもしれません」と語っている。古今の名曲に寄り添い、シンガーとして新たな地平に立った徳永は、今後どのような歌を生み出していくのか。ソングライターとしても新境地を示すのか。まずは『VOCALIST 6』を聴きながら、吉報を待ちたい。

(文=編集部)

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