岡村詩野と田中宗一郎が語る“音楽ライターのあり方” 「自覚と見極めがないまま文字だけが増え続けている」

「音楽も文章も使い捨てにならないために」(岡村)

岡村:ちなみにタナソウさんはこのライナーノーツを書くのに、考え始めてからどのくらいの時間を掛けましたか?

田中:繁くんと「この音楽はスチームパンクだね」という話をしていたときから、おそらく文章の最初はハーマン・メルヴィルの『白鯨』の引用、「Call me Ishmael」で始めるんだろうな、と思ってました。そこから言えば、3ヶ月くらい。で、実際に書き上げたのは3日間です。実働は18から20時間とか。

岡村:例えば物理的に1万5000字の原稿を埋めるだけなら恐らく書き慣れていれば数時間で完成する。だけど、書き始めるまでにかかる時間、かける時間を含むと、本来であれば3日間でも足りない。1ヶ月くらいそのテーマを煮詰めることだって本来はしたい。とてもドラスティックな話をすると、この原稿1本に幾らのギャランティが発生するのか、という生産性を考えると、1万5000字の原稿に3日間とかそれ以上をかけたら生活が逼迫する。でも、書く方としては、たとえ1本の短いレビューでも何日も熟考して書きたい。

田中:今の音楽業界ってどこを見ても、メディアに使われるライター、フェスティバルのオーガナイザーに使われるアーティスト、レーベルやマネージメントに使われるメディア、まったくリスクを負わない小売店、万事がそんな具合っていうか。誰かが他のドメインの人々を意識的に支えたり、育てようとしているムードは皆無で。特定の誰かが他の誰かを搾取しようという意図はなかったとしても、互いに利用しあうばかりで、誰もが何かしら誰かに不満をかかえながらも、すごく共依存的になっている。まあ、この中じゃ、ライターの人たちが一番不憫だって気もするけど。特に、主戦場が最初からwebメディアだった世代は。質も求められない代わりに、ギャラもびっくりするくらい安いっていう。

岡村:なのに、新しい音楽が次々と出てきては、また次々と新しいフェスが開催される。時間をかけて一つ一つを咀嚼するような余裕を自分の中で持つようにしないと、良い原稿は書けないし、良い音楽を堪能することもできなくなってしまう。例えば、くるりのニュー・アルバムは、まあ、どの作品についても同じではあるのですが、とりわけ咀嚼して味わう時間を求めるような作品です。もしかすると1年くらいかけて聴いてようやく何らかの結論が自分の中で出てくるような、熟成を必要とする作品かもしれない。でもその時には、『THE PIER』はもはや新譜ではなくなっている。一般的なライターの請負い仕事としての新譜紹介はできない。1月あたりにリリースされた作品を、年末のベスト・ディスクとして改めて紹介するくらいで実はちょうどいいタイミングだったりするんですよね。

田中:どうすればいいんだろうね?(笑)

岡村:時間をかけるか、咀嚼する集中力を高めていくか。

田中:でも、最終的に一番の鍵を握っているのはアーティストでもメディアでも業界人でもなくて、リスナーだし、音楽にお金を落とす人たちだと思うんですよ。10年前に津田大介さんが『だれが「音楽」を殺すのか?』を書いたときには、その批判の矛先って利権を持っている人たちに向けられていたと思うんだけれど、今、産業としても文化としても音楽を殺そうとしているのはユーザーだと思う。活かすも殺すも、ってことだけど。特にスポティファイみたいなストリーミング・サーヴィスの上陸が囁かれてる今だとね。リスナーがどんな作品や作家を選択するのか、それにどうきちんと対価を支払うのか、払わないのか、ポップ音楽の今後はそれにかかってる。作家も、作品をリリースして一週間の間にどれだけリアクションがあったか? とか、ホント気にするべきじゃない。理想的なことを言えば、書き手もそう。特にネットに文章を残す場合は、今は大して読まれなくても、きちんとアーカイヴして、10年後にもしっかり読めるものを書くという意識を持った方がいい。

岡村:そうですね。音楽も文章も使い捨てにならないために。そのためにも、自分にとって本当に必要なものが何かを時間をかけて探してほしい。周囲が聴いてるから私も、というような付和雷同でなんとなく聴いたりフェスに行ったりせずに、とりあえず情報としての文章があればいいという意識もぜひ見直してみてほしいと思います。面白い文章を書きたい、という気持ちをお持ちの人は今日お集りいただいたみなさんの中にもいるかもしれません。我々は時間に追われ、そこに従わざるをえない仕組みの中にいます。けれど、私は、そこから解き放たれたところにあるもの、あるいは時間の流れにせっつかれないようなところで鳴らされている音楽に気づいて、伝えていきたいと考えています。本日はお集りいただき、どうもありがとうございました。

田中:すみませんね、皆さん、終始不機嫌で。でも、ちゃんと音楽を楽しんでくださいね(笑)。

(構成=中村拓海)

■講座情報
『岡村詩野音楽ライター講座(2015年1月期)』
講師: 岡村詩野
期間: 2015年1月~3月 (1クール全6回)
受講料:20,800円 (税込)
定員: 25人
募集期間:2014年12月10日 ~ 2015年1月18日

<講座紹介>
音楽評論家岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め、「表現」の方法を学んでいける場、それが岡村詩野音楽ライター講座。ここにはプロのライターを目指す人から、ライティングの経験はないけれど音楽が好きで、表現の幅を広げたい!
という人まで、幅広いバックグラウンドを持った参加者が集い、学び合っている。

隔週の講座では、毎回の授業と課題を通して、音楽を語るための分析方法、表現方法から構成力、音楽リテラシーまで、独学では難しい要素を多面的に学習。特に、今期のライター講座は、ライティングの基本となるディスク・レヴューに取り組むのはもちろんのこと、60年代から遡って洋邦の代表作を聴き込み、音楽知識を増強することにも尽力している。また、ミュージシャンをゲストに迎えた楽曲解析の時間も設け、印象批評にとどまらず、音楽を理解する授業も開講予定。(経験不問)

<開催日時>
・2015.1.19 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.2.2 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.2.16 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.2 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.16 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.30 (月) 20:00~22:00 (120分)

<開催場所>
オトトイの学校

<詳細・お問い合わせ>
http://ototoy.jp/school/
school-info@ototoy.jp

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