円堂都司昭が最新ベスト盤『PURE』を紐解く

「早すぎたポップ・スター」としてのマリア・カラス 20世紀オペラの伝説的歌唱を改めて聴く

(C)Erio Piccagliani

 そのようにしてカラスの生涯に興味を持った時、よい入門編になるのが『PURE』だ。ここには、53~64年に彼女が歌った18曲が収録されている。「恋は野の鳥(ハバネラ)」(歌劇『カルメン』)、「ある晴れた日に」(歌劇『蝶々夫人』)など、日本でも多くの人が聴いた覚えのあるはずの曲が含まれている。ポイントは、映画に使われたことのあるオペラのアリア(独唱曲)ばかりが選曲されていること。うち6曲は、映画のサウンドトラック(『永遠のマリア・カラス』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』『フィラデルフィア』『マジソン群の橋』)に使用された音源である。

 カラスは、映画監督(ヴィスコンティ、フランコ・ゼフィレッリ)が演出した舞台で歌い、映画に出演し、死後は半生が映画化された。『PURE』の編集コンセプトは、映画と深い関係があったカラスの一生を念頭においたものだ。また、今年発行された「KAWADE夢ムック 文藝別冊 マリア・カラス」には、カラスが亡くなった1977年に「レコード芸術」に掲載された追悼座談会が再録されている。同記事では彼女の死が、マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーの死にも似た、ある時代の終わりとして語られていた。プレスリーのデビューが54年、ビートルズのデビューが62年と書けば、カラスがどのような時代に生きて死に、神話になったのか、想像できるかもしれない。

 大衆の娯楽の中心が映画からテレビへと移り変わる一方、ラジオ、レコードの普及とともにポップスやロックなどの新しい音楽が流行し始める。そんな時代に、伝統あるクラシック音楽の世界で実力を認められながら、出演キャンセルや恋愛スキャンダルでマスメディアの話題になり、長くは生きられなかった。

 彼女は、オペラ歌手であるだけでなく、一種のポップ・スターとして記憶される存在になった。自分に正直に、それこそピュアに生きただけだったかもしれない。しかし、録音に残された歌声は複雑な色あいで響いており、マリア・カラスは謎のままだ。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

■リリース情報
『PURE』
発売:2014年9月24日
【初回限定盤(DVD付)】¥2,600(税抜)
[CD] 収録曲は通常盤と同様。
[DVD収録予定映像]  註:DVDは、2014年リマスターではありません。
1.ハバネラ(恋は野の鳥) ~ビゼー:歌劇『カルメン』より  (1962年、ハンブルク)
2.歌に生き、恋に生き ~プッチーニ:歌劇『トスカ』より (1964年、ロンドン)
3.今の歌声は ~ロッシーニ:歌劇『セビリャの理髪師』より (1959年、ハンブルク)
4.カラス・リマスタード・プロジェクト2014 PR映像 ~エンジニアは語る(2014年/字幕入り)

【通常盤】¥2,000(税抜)
PURE[収録曲]  *・・・実際のサウンドトラックで使用されている音源(6曲)
1.恋は野の鳥(ハバネラ)
~ビゼー:歌劇《カルメン》/1964年録音・・・映画「永遠のマリア・カラス」*
2.清らかな女神よ
~ベッリーニ:歌劇《ノルマ》/1960年録音・・・映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」* 
3.私のお父さん
~プッチーニ:歌劇《ジャンニ・スキッキ》/1954年録音[MONO]・・・映画「眺めのいい部屋」
4.さようなら、ふるさとの家よ
~カタラーニ:歌劇《ラ・ワリー》/1954年録音[MONO]・・・映画「ディーバ!」
5.ああ、そはかの人か
~ヴェルディ:歌劇《椿姫》/1953年録音[MONO]・・・映画「プリティ・ウーマン」
6.花から花へ
~ヴェルディ:歌劇《椿姫》/1953年録音[MONO]・・・映画「プリティ・ウーマン」
7.歌に生き、恋に生き
~プッチーニ:歌劇《トスカ》/1953年録音[MONO]・・・映画「コピーキャット」
8.ある晴れた日に
~プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》/1955年録音[MONO]・・・映画「危険な情事」
9.亡くなった母を
~ジョルダーノ:歌劇《アンドレア・シェニエ》/1954年録音[MONO]・・・映画「フィラデルフィア」*
10.あなたの愛の呼ぶ声に(ミミの別れ)
~プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》/1956年録音[MONO]・・映画「月の輝く夜に」
11.私は卑しい召使いです
~チレア:歌劇《アドリアーナ・ルクヴルール》/1954年録音 [MONO]・・・映画「フィラデルフィア」*
12.彼の優しい声が(香炉はくゆり)
~ドニゼッティ:歌劇《ランメルムーアのルチア》/1953年録音[MONO]・・・映画「フィフス・エレメント」
13.恋はバラ色の翼に乗って
~ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》/1956年録音[MONO]・・・映画「バスキア」
14.アヴェ・マリア
~ヴェルディ:歌劇《オテロ》/1963年録音・・・映画「O(オー)」
15.今の歌声は
~ロッシーニ:歌劇《セビリャの理髪師》/1957年録音・・・映画「市民ケーン」
16.エウリディーチェを失って
~グルック:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》/1961年録音・・・映画「最終目的地」
17.あなたの声に心は開く
~サン=サーンス:歌劇《サムソンとデリラ》/1961年録音・・・映画「マジソン郡の橋」*
18.シストロの鉄線が鳴り(シャンソン・ボエーム)
~ビゼー:歌劇《カルメン》/1964年録音・・・映画「永遠のマリア・カラス」*

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