円堂都司昭が映画『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』を分析
ボカロオペラ『葵上』映画版に見る、ボーカロイドと文楽人形の共通性
ボカロをめぐっては、初音ミクの人気から始まり、ボカロ楽曲をもとにしたボカロ小説の隆盛へという道をたどってきた。お話の語り部にふさわしい声として、ボカロが発見されたといってもよい。
一方、文楽は人形浄瑠璃ともいうが、浄瑠璃とは三味線の伴奏で、節をつけて物語を語るものだ。文楽の浄瑠璃は、押しつぶしたような声でうなる。その舞台に出演できるのは男性だけだし、そんなダミ声で老若男女のセリフとナレーションを語り、歌う。また、浄瑠璃の先祖の一つである能の謡(うたい)も、やはり特殊な発声で様々な人物を演じる。
役の年齢や性別とは離れた特殊な歌声で、その人物を演じる。かけ離れた声で表現するからこそ、若さや老い、男らしさ女らしさが、かえって浮かび上がる面がある。また、物語を俯瞰して進行するナレーションは、神の視点に近い。登場人物1人1人の言葉とは質が違う。特殊な歌声は、そういうナレーションにふさわしい。「私」が「私」を自己表現する歌とは異なる、様々な役が登場する物語を演じるのに適した特殊な歌声。
言葉数の多い『葵上』の歌と語りは、能の謡や浄瑠璃に似た和風の節回しを織り交ぜつつ、現代語のボカロのポップスになっている。その音楽は、ボカロ楽曲からボカロ小説が生まれたような今の娯楽のルーツに、文楽が存在したことを想像させるものだ。
その意味で過去と現在を橋渡しする『葵上』は、「スーパー歌舞伎」ならぬ“スーパー文楽”とでも呼びたいポテンシャルを持ったチャレンジだと思う。上映館ではサントラCDが販売されていたが、人形と音楽の両方があってこその作品である。予定されているという映像の販売も待ちたい。
■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。
■上映情報
『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』
9月20日~9月26日の追加上映が決定!
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