「クラブと風営法」問題のこれから 音楽ライター磯部涼と弁護士齋藤貴弘が語り合う(後編)
では、風営法が改正されたとして、クラブ業界は、そして、社会はどのように変わるのだろうか? まず、前者に関して言うと、現在、風営法改正案には規制撤廃路線の“A案”と規制緩和路線の“B案”があるという報道がされている(*7)。しかし、ここでは、その内容には踏み込まない。ダンス議連は、議連内での議論や、関係者に対するヒアリング、党内や警察庁との調整を行っている真っ最中で、日々、改正案は変わっているからだ。いずれにせよ、気になるのは――前回の多様性の議論の続きになるが――例えば、クラブが合法的に営業しやくなった結果、大手資本の新規参入者による大箱が一気に増え、老舗の小箱が駆逐されてしまうような事態にならないだろうかということだ。
「その問題に関しては、僕もロビーイングを始めた頃から危惧していました。風営法改正運動のクラブ事業者側のプレイヤーは、必然的に大箱がメインになっていきます。風営法の第44条に基づいた業界団体である東京の『日本ナイトクラブ協会』や関西の『西日本クラブ協会』にしても、現行の風営法の許可を取れる大箱中心に構成されている。一方、運動の実動部隊になっているアーティストやユーザーは、小箱に出演していたり、遊んでいる人が多いわけです。それなのに、結局大箱の声だけが反映されて、図らずも小箱が弱くなってしまうことにならないようにしないといけない。さらにいえば、風営法はクラブだけではなく、広く“ダンス”にかかわる産業すべてに関係してくる法律で、クラブだけの声ばかりが反映されるようなことはあってはならない。そのためにも、小箱の各店舗に個人的に話をしに行き、そこで聞いた意見を議連に伝えるということはやってきましたし、社交ダンスなどのペアダンス団体、カフェやバーといった飲食店、美術館、音楽レーベル、楽器メーカー、ファッション業界、デベロッパー、ライブコンサート業界団体などからも多くの意見を聞き、議連に伝えました。その結果、議連の中間提言が“多様性を重視する”方向にまとまったのはよかったのですが、まだまだ安心はできません」
次に風営法改正の社会的影響に関して言うと、前回も話題に出た、「VIP席を確保するとスタッフがフロアから踊っている女の子を連れてきてくれるシステム」=“ギャル付け”などが売りの、いわゆる“ナンパ箱”の存在が世間で問題視され始めているが(*8)(*9)、新規参入者の増加がそれを蔓延させるようなことにならないだろうか。
「当然、クラブでのギャル付けが“接待”営業の潜脱として利用されるようなことがあってはならないと思います。だからこそ、クラブ業界がそのような接待類似行為を禁ずる自主規制案を今のうちにちゃんと作っておく必要がある。
そして、今回の法改正でもっとも重要なのは、ダンスをクラブだけのコンテンツとせずに、様々なレイヤーで街に広めていくという視点です。ダンスや音楽を求めている場所はクラブだけではありませんし、ましてや、夜の時間帯に限られるものではありません。ダンスは年齢や性別を問わず親しまれるべきものです。ダンス議連のヒアリングにはオリンピックに向けて街の再開発を進めている大手デベロッパーや、アートで街作りを試みる国立新美術館の館長、世界数十カ国でクリエイティブなシティ情報誌を発行している企業の社長が呼ばれました。彼らが強調するのは、“ダンス”やそれにまつわる文化を街づくりに活用していくことの重要性です。
繰り返しになりますが、クラブはナイト・エンターテインメントにとってなくてはならない存在であるものの、ダンスはそれにとどまるものではありません。ダンス議連では、美術館や飲食店、ライブハウスなどクラブ以外でもダンスやDJが活躍できる場は多く存在していることが示され、ダンス文化は観光、文化、教育、スポーツなど幅広い産業でポテンシャルを有していることが確認されました(*10)。今回の法改正は、これまで、“風俗営業”としてくくっていた“ダンス”というコンテンツを、様々な産業に解放する内容になればと思っています。解放するにあたって適正なルールが必要なのは言うまでもありませんが、業界を“風俗営業”としてクローズなものにするのではなく、オープンにすることで、むしろ健全化は推し進められていくと思います」
クラブと風営法の問題についての議論のみならず、アングラに追いやられていたクラブ文化自体を、他の文化と繋ぎ、“オープン”にする。そのためには、やはり、オープンになった際に問題が発生しないよう、事前に自主規制ルールをつくっておくことが重要だ。例えば、C4は「PLAY COOL」というキャッチコピーの下にそれを進めようとしているが、まだまだ漠然としている感は否めないし、一刻も早い具体案の作成が求められている。あるいは、そのような流れの中で、ユーザーが果たすべき役割とは何なのだろうか? もちろん、ひとつにはリテラシーを高めることがあるだろう。それでも、風営法はあくまで営業者を規制する法律であり、ユーザーにできることは限られているようにも思える。
「まずは、とにもかくにも、クラブに遊びに行ってほしいなと思います。今、風営法の問題以前に、クラブの存在感が薄くなってきているように感じますから。それと、クラブが築き上げてきた歴史には、たくさんの魅力があることを実感してもらいたい。例えば、最新のエンターテインメントを一方的に観せられて、ワーワー騒ぎ酔っ払って帰るのも楽しいでしょうけど、本来のクラブカルチャーは、もっと双方向的なものだったはずです。経営者側もお客さん側も、一緒にその場を作り上げていく。それが、『この場所を守らなきゃいけない』という意識につながる。そして、その時、ナイト・クラビングは単なる消費ではなく、“文化”になります。誤解を承知で言いますが、少なくとも僕は、既存のクラブ業界を救うためではなく、これからの日本の文化を作るために動いているつもりです」
それは、“これからの日本の社会を作るため”でもあるだろう。齋藤弁護士はクラブ発の風営法改正運動にはその萌芽が見られるのではないかと言う。
「今だからこそ、改めてクラブと風営法の問題について注目してほしい。世間的には、もう旬を過ぎた問題と思われているかもしれませんが、こうした社会問題は“消費して終わり”であってはいけません。日々、様々な炎上が起きている裏では、地道に動き続けている人がいて、風営法問題に関して言えば、ようやく、その成果が上がろうとしている状況です。そこから学べることはたくさんあると思います」
――「Shall we ダンス?」。かつて、社交ダンスをテーマにした、そのようなタイトルの日本映画が大ヒットし、風営法改正を後押ししたことがあった。次はクラブ文化が世間と手を取り合う番だ。
(取材・文=磯部 涼)
*1 http://noon-trial.com/article/378.html
*2 https://clubccc.org/
*3 https://www.asahi.com/articles/ASG4Q30T9G4QUCVL00B.html
*4 http://www.nce.or.jp/
*5 https://wca-official.com/
*6 https://www.letsdance.jp/
*7 https://www.asahi.com/articles/DA3S11084526.html
*8 https://nikkan-spa.jp/614182
*9 https://www.asahi.com/articles/ASG4P2T6WG4PUCVL006.html
*10 https://www.facebook.com/takahiro.saito.10/posts/745510885479963
■磯部 涼
音楽ライター。78年生まれ。編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)がある。4月25日に九龍ジョーとの共著『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)を刊行。
■齋藤貴弘
「栄枝総合法律事務所」において6年間の勤務後、2013年にあらゆる分野の法律を取り扱う総合型法律事務所「斉藤法律事務所」を開設。