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“96年のメタラー”は何を意味する? 『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』のメッセージ

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 『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(17年)はスクール・カーストを題材にした映画だ。ゲームの中に入った高校生が、冒険の中で本当の自分と向き合い、他人を尊重することを学んでゆく。既に各所で言われている通り、本作は青春映画の古典『ブレックファスト・クラブ』(85年)を下敷きにしている。『ブレック~』は異なるタイプの少年少女らが補習授業を通じて互いを理解し合う話で、『ジュマンジ』はそのアクション・アドベンチャー版だと言えるだろう。

 しかし、私は本作を観て別の映画を思い出した。ダーレン・アロノフスキー監督、ミッキー・ローク主演の『レスラー』(08年)だ。『レスラー』は落ちぶれたプロレスラーが、病を抱えたまま最期のリングへ立つまでを描いた作品だ。劇中、彼は自身が絶頂期だった80年代のハード・ロック/ヘヴィ・メタルのバンド名を挙げて懐かしむ。「モトリー・クルーにガンズ・アンド・ローゼズ。それなのに、ニルヴァーナが出てきて……90年代は最悪だ」。彼は最期のリングに臨むとき、入場曲をガンズ・アンド・ローゼズの代表曲「Sweet Child O’ Mine」にする。かつての栄光を忘れられない男が、往年の名曲を背負って最期の舞台へ挑むシーンは、悲劇的だが胸を打つ名シーンだ。

 そして『レスラー』と同じく、『ジュマンジ~』にも時代に取り残された男が出てくる。本作には現代の高校生4人の他に、5人目のキャラクターが登場するのだ。96年にゲーム内に吸い込まれた高校生アレックスである。このアレックスが曲者だ。何故なら彼は、ヘヴィ・メタルを愛するメタラーなのである。しかも96年の。アレックスが「96年のメタラー」であること、これがどのような意味を持つのか? それを理解するには、当時メタルがどういう状況にあったかを振り返る必要がある。

 80~90年代初頭、メタルは全世界的に盛り上がった。アメリカでもヴァン・ヘイレンやモトリー・クルー、ガンズ・アンド・ローゼズといったド派手で享楽的な「ヘアメタル」が商業的に大成功を収める。その後、メタルはより攻撃的な「スラッシュ・メタル」「グルーヴ・メタル」へと進化していくものの、90年代中盤になるとメタルへのカウンター的なジャンルとして、パンク・ロックの影響下にありつつ、シリアスでダウナーな「グランジ」が勃興。『レスラー』の台詞よろしくグランジは大流行して、メタルは言わば時代遅れなものと見なされるようになる。そして96年、まさにアレックスがゲーム内に吸い込まれた年に、時代を象徴するような事件が起きた。ヘヴィ・メタルの“帝王”オジー・オズボーンが、当時人気だったロックフェス「ロラパルーザ」への参加を拒否されたのだ。また、同じく“スラッシュ・メタル四天王”の一角メタリカが参加するものの、こちらは逆に「なぜメタリカみたいなメジャー・バンドを呼ぶのか」と運営とセットで反感を買った。帝王が門前払いされ、四天王がブーイングされる時代。アレックスはそんな過酷な時代にメタラーをやっていた。しかも劇中の描写を見るに、彼は恐らく当時最先端にあったマリリン・マンソン、コーン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどの「オルタナティブ・メタル」ではなく、それこそメタリカのような「スラッシュ・メタル」の愛好家だ。そんなアレックスのスクール・カーストは……きっと相当に厳しいものがあっただろうし、本人がメタル・シーンや社会のメタルへの視線に鬱屈した想いを抱いていたことは想像に難くない。

 このことを念頭に置いてアレックスというキャラクターを追うと、一つの物語が見えてくる。劇中、アレックスは既にジュマンジからの脱出を何度か試みており「あと1回失敗したら本当に死ぬ」という状態で登場する(高校生たちは「残機」があり、3回までは死んでも大丈夫)。それでも先へ進むかどうかの選択を迫られる。安全を確保したゲーム内に留まるか、命を危険に曝してでも現実世界に戻るか? アレックスは悩んだ末に後者を選択する。つまり今を生きるため、戦うことを選ぶのだ。

      

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