『君の名は。』はなぜ若い観客の心をとらえた? 新海誠の作風の変化を読む

小野寺系の『君の名は。』評

 日本を代表するメロドラマのタイトルをほぼそのまま引用する劇場用アニメーション『君の名は。』が、若い世代の観客を中心に大ヒットしている。この事態は、今までの新海作品を見ていて、その作風を知っている者なら誰もが驚くはずだ。

 ときに人は、夕暮れや朝焼けの風景を眺めながら、ムードに酔ってポエムのような感傷的セリフをつぶやいたり、手紙やメールを送ってしまうことがある。そういった状態は通常、いったん時間をおけば「治る」ものであり、思い出して「こんなこと言わなければ良かった…」と落ち込んでしまった経験が、誰にでもあるのではないだろうか。そこで反省せずに、あまつさえその感覚をアニメーション作品にまでしてしまうのが、新海誠監督だ。

 本作の冒頭、おちてゆく星が空に作り出す帯に太陽光があたり、細い影が出来ていく幻想的な光景に登場人物の独白が被さってゆくシーンに代表されるように、新海作品のなかでは、キャラクターの魅力や動画の快感よりも、レンズフレアや光の粒子などの実写的なエフェクトが散りばめられるリアリスティックな背景と、言葉を利用した内面の説明、これらを包括する詩的なムードこそが、表現上の最も重要なものとなっている。登場人物たちは、仕事や生活に追われながら、ふと立ち止まり、雑踏の風景や部屋の中を眺めながら黄昏(たそが)れる。その瞬間こそが、彼らが世俗をはなれ、本当の純粋な彼らでいられる時間であり、そこを切り取ることで一種の美学を生み出しているといえよう。

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 新海作品を語るときに欠かせないのは、「セカイ系」と呼ばれる、自分の周囲の大事な人間が、世界の存亡と同じ重みを持つという内容を持った作品の存在である。これらの作品が流行した直接的原因に、アニメ作品『新世紀エヴァンゲリオン』がある。世紀末を席巻した「エヴァブーム」に、多くのクリエイターが影響され、それ以後、庵野秀明演出のほとんどパロディーのような、無邪気な表面的模倣がアニメ界を中心に氾濫した時期があった。新海誠監督は、かつてそういうクリエイターの代表例であったといえる。

 このような手法によって描かれるのは、多くの場合、男女のせつない恋愛と郷愁である。同じく、時代の強い影響のもとに描かれた漫画作品『最終兵器彼女』や、日本でもヒットした韓流ドラマ『冬のソナタ』がそうであったように、ときに残酷で汚い世界の中で、主人公たちの恋愛感情だけが純粋なものとして輝いていくという描き方は、最も保守的な部類の、あまりにもナイーヴな恋愛表現である。この男女間の変わらぬ信頼や貞節は、たしかに昭和の「君の名は」が持つ古典的観念とも通底しているように見える。ただ、新海作品を「メロドラマ」だとするのには抵抗を感じるのも確かである。新海作品には、もはや戻ることはない幸せな過去を振り返り続けるという後ろ向きな姿勢がひたすら描かれ、その自分を客観的な目で見ることに、ある種の自己陶酔的な暗いよろこびを見出すという屈折したコンプレックスが横たわっているからだ。新海誠監督の恋愛観そのものは、本来は同じような感性を持った10代の観客と最もシンクロするはずだ。しかし、この恋愛観を届けるべき対象を、監督は自ら、個人的な内省的演出によって遠ざけていたのである。

 それでは、なぜ本作は若い観客に支持されたのだろうか。そのカギは、前述したような本質部分はそのままで、表面的な装いをガラッと変え、陰鬱なイメージを払拭したところにある。本作は、新海監督の最大規模の企画として、安藤雅司や田中将賀を始めとする、アニメ界の大物スタッフを集めたことで、アニメーション作品としてのベーシックな魅力が急激に高まっている。キャラクターが生き生きと動き回り、喜怒哀楽の表情を見せてくれるのだ。さらに主題歌が流れる、いかにも若年世代に向けた商業アニメ作品らしいオープニング・アニメーションまである。

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 ロックバンド RADWIMPS の功績はあまりにも大きい。ここでの前向きで疾走感のあるギターサウンドとヴォーカルは、後ろ向きで緩慢になりがちな新海作品の世界観を、表面的に中和するのに十分である。だが、過去作『秒速5センチメートル』での山崎まさよしの主題歌があまりに能弁過ぎたように、ここでも楽曲の力に頼り過ぎているきらいがある。音楽のムードに耽溺するあまり、曲の展開に合わせてわざわざカットをつないでしまったりなど、音楽が映像を盛り上げるのでなく、ミュージック・ヴィデオのように、映像が音楽に従属してしまっているのである。しかし本作の人気は、むしろこの音楽を主体にしたムードの盛り上がりにこそあるのも確かだ。

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