>  >  > 中島丈博『新・牡丹と薔薇』が描く愛憎の極北

成馬零一の直球ドラマ評論

“最後の昼ドラ“が見せる究極の愛憎劇ーー『新・牡丹と薔薇』と脚本家・中島丈博の凄味とは

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 52年の歴史があるフジテレビの昼ドラ枠(13時30分~14時)が、2016年の3月で終了する。昼ドラは、かつてはTBS系の「愛の劇場」など、他局でも放送されていたが、現在はフジテレビだけとなっていた。今後のことはわからないが、これで日本のテレビから「昼ドラ」の歴史に一度幕が引かれることになる。

 そんな中、現在放送中の昼ドラが『新・牡丹と薔薇』だ。

 本作は2004年にヒットした中島丈博が脚本を書いた『牡丹と薔薇』(フジテレビ系)のセルフリメイクにあたる作品。ストーリーは小日向ぼたん(黛英里佳)と小日向美輪子(逢沢りな)という血のつながらない姉妹を中心に展開される男と女の愛憎劇だ。物語や時代背景は違うのだが、ぼたんというヒロインが登場し、彼女の出生の秘密と男と女のドロドロ、ぼたんに屈折した感情を見せるお嬢様キャラの妹などといった『牡丹と薔薇』のエッセンスは引き継がれている。

 ただでさえ視聴者から軽く見られているテレビドラマの中でも、もっとも辺境に位置するドラマ枠が昼ドラだ。役者の演技は大袈裟で物語は極端なことばかりが起こる下世話で通俗極まりない映像空間で真面目に見ている視聴者は、ほとんどいない。しかしそんな状況を逆手にとって、好き勝手やってきたのが02年の『真珠夫人』以降の東海テレビ制作の中島丈博・脚本のドラマだった。

 次から次へと繰り返される愛憎劇にはさみこまれる「役立たずのブタ」という台詞や「たわしコロッケ」や「牛革の財布で作ったステーキ」を食べさせるといった極端なシチュエーション(『新・牡丹と薔薇』では愛の証明として金魚を食べるシーンが登場する)の連鎖で物語を紡いでいく中島ドラマは、前後のつながりやお話としての完成度を放り投げてでも、その瞬間さえ面白ければいいという極端なスタンスが受けて、ネタドラマとして人気を博した。2000年代における昼ドラとは基本的に、東海テレビが制作した中島ドラマだったと言っても過言ではない。

 今のテレビドラマは連続テレビ小説(朝ドラ)の一人勝ちという状態が続いている。放送形態だけを考えるなら、30分一話を週5回放送する昼ドラの形式は朝ドラにもっとも近いものだ。だから、何かのきっかけで昼ドラの人気が爆発してもおかしくないと思っていた。中でも中島ドラマのネタ消費できる部分は、SNSを使ってみんなで消費することが前提となった情報環境の元では、有利に働くのではないかと思っていたのだが、そううまくはいかなかったようだ。

 このままだと最後の中島ドラマとなってもおかしくない本作だが、どうしても気になってしまうのは、なぜ、中島は昼ドラという場所を自らの居場所にしたのかということだ。

     
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