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カバーアルバム『BADAS(S)』インタビュー

JUN SKY WALKER(S) 宮田和弥が語る、30周年のムードとビジョン「4人で突破していきたい」

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 2018年5月21日にデビュー30周年を迎えるJUN SKY WALKER(S)。アニバーサリープロジェクトの第一弾として、ジュンスカ初のカバーアルバム『BADAS(S)』がリリースされる。THE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」、BOØWYの「NO.NEW YORK」、RCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ。」、スピッツの「楓」、Mr.Childrenの「星になれたら」などを収録した本作から、ジュンスカのルーツ、これまでのキャリア、そして、この先のバンドのビジョンが明確に示されている。ONE OK ROCK、阿部真央などの楽曲を手がけるakkinによるサウンドプロダクション、ロック写真家の第一人者ハービー・山口が撮影を担当したジャケットにも注目してほしい。

 今回はボーカリストの宮田和弥にインタビュー。本作『BADAS(S)』の制作とバンドの現状、30周年に向けた展望などについて聞いた。(森朋之)

ワクワクした気持ちでやれる曲を選んだ

ーーデビュー30周年イヤーの第一弾は、初のカバーアルバム。選曲、アレンジ、演奏、サウンドメイクを含め、いまのジュンスカにしか実現できない作品だと思います。カバーアルバムを制作した理由は何だったんですか?

宮田和弥(以下、宮田):再結成してからオリジナルアルバムを4枚出したんですけど、今年、寺岡呼人(Ba)が50才を迎えて全員が50代になるってことで、「自分たちが影響を受けたバンド、ジュンスカが影響を与えたバンドの曲をやってみるのもいいんじゃないか」という気持ちになったんですよね。ジョン・レノンもソロの後期にカバーアルバム(『ロックン・ロール』/1975年)を出しているし、The Rolling Stonesもブルースのカバーアルバム(『ブルー&ロンサム』/2016年)を発表したでしょ? 僕らもジュンスカの魂を込められる楽曲を演奏してみたくなったというか。30周年、レコード会社移籍第一弾というタイミングもあったし、いろんな思いが重なって、この10曲が爆発したという感じですね。

ーー選曲は80年代の日本のロックシーンを代表する楽曲が中心ですね。

宮田:洋楽のカバーはソロの弾き語りなんかでもやってるし、今回はなるべく、メンバーが演奏したことがある曲を選ぼうと思って。まずは30〜40曲くらいピックアップして、最終的にはリーダーの森純太(Gt)が決めたんだけど、すごくいいラインナップですよね。売れてるとか有名ということではなくて、演奏してて楽しい曲、ワクワクした気持ちでやれる曲を選んだんですよ。こういうアルバムって「何でこれが入ってるの?」というバーター的な曲があったりするけど、それもまったくないですしね(笑)。

ーーサウンドプロデュースはakkinさん。ONE OK ROCKなどを手がけるヒットプロデューサーですが、制作はどうでした?

宮田:akkinはジェット機(ジュンスカ解散後、宮田がボーカルをつとめていた4ピースバンド)のときに一緒にバンドをやっていたわけですけど、今回akkinを連れてきてくれたのはレコード会社のプロデューサーなんですが、いまのジュンスカにすごく合ってました。森くんも小林雅之(Dr)も「やりやすい」って言ってたしね。音もいいし、やっぱりあの3人が演奏すれば、カバー曲であってもジュンスカのサウンドになるし、安心して歌えるんですよね。akkinは僕の歌の特徴もわかってるから、歌録りもスムーズで。レコーディング前にはかなり練習しましたけどね。RCサクセション、ARB、THE MODS、ザ・ルースターズはずっと歌ってるし、身体に沁みついてるんだけど、そうじゃない曲もあったから。ミスチル、スピッツ、ユーミン、モンパチは難しかった(笑)。自分にはない譜割り、歌いまわしも多かったし、勉強になりました。

ーーそれぞれの楽曲について聞かせてください。まずはRCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ。」。RCはジュンスカにとっていちばん濃いルーツになってるバンドの一つですよね?

宮田:そうですね。学生のときに見たRCの野音(日比谷野外音楽堂)ライブは僕にとってロックの洗礼だったし、すごく影響を受けていたので。去年(2017年)の10月にチャボさん(仲井戸麗市)のライブを野音で見たんですけど、67才になったいまも3時間のステージをやって、RCの曲を歌ってるんですよ。僕も清志郎さんの意志を受け継ぎたいなんて言うとおこがましいけど、歌の素晴らしさ、歌詞の素晴らしさを後世につなぐという意味でも、RCの曲をカバーできたことは感慨深いですね。清志郎さんの歌って、ニュアンスが大事なんですよ。〈お似合いだぜEアタマだな〉〈レスポールが重すぎたんだろ〉もそうなんだけど、きちんとメロディも決まってなくて(笑)、まあ、中学2年生の頃から歌ってるので、得意なんですけどね。

ーーそしてTHE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」。80年代はジュンスカとブルーハーツが共演することも多かったですよね。

宮田:はい、フェスやイベントでよく一緒になってたから。ヒロトくんとはよく飲んでたし、去年も新横浜でばったり会って、「おー! 和弥!」ってハグしてくれて(笑)。渋谷のLa.mamaで対バンしたのが最初だと思うけど、もう30年以上の付き合いですね。

ーー当時の中高生は「ブルハとジュンスカ、どっちが好き?」みたいな話をよくしていたし、ライバルでもあったのでは?

宮田:もちろんTHE BLUE HEARTSのほうが先輩なんだけど、当時はライバルでもあり、同じ時代をともに生きてきた関係でもあって。僕も中学、高校のときは「ARBとロッカーズ、どっちが好き?」みたいな話をしてたし、「ピストルズ派かクラッシュ派か」みたいなこともあったけど、結局は両方とも聴いてたからね。ヒロト&マーシーは日本のロックにおける金字塔だし、いまもザ・クロマニヨンズとしてバリバリやってるのはすごいよね。今回「リンダリンダ」をカバーさせてもらったことで、本当に素晴らしい曲だなって改めて感じたんですよ。すごくきれいで繊細なメロディなんだけど、それをシンプルに聴かせていて。当時は近くにいたから気付かない部分もあったけど、やっぱりすごいバンドです。

ーー続いてはBOØWYの「NO.NEW YORK」。BOØWYのメンバーとも交流があったそうですね。

宮田:はじめてバスフィッシングに連れていってくれたのが、氷室(京介)さんなんですよ。氷室さん、高橋まことさん、松井常松さんと一緒に山中湖に行って、氷室さんと同じ船に乗って。ビギナーズラックで僕がいちばん釣っちゃて(笑)。当時すごくかわいがってもらったんです。BOØWYはお客さんとして見に行ってました。新宿都有3号地のライブ(1986年に行われたライブイベント『ROCK STAGE in 新宿』)もチケットを買って行きましたからね。「NO.NEW YORK」はジュンスカでも高崎のライブハウスに行ったときにときどき演奏してたんですよ。高崎はBOØWYの地元だから、盛り上がるんです。だけど、今回のレコーディングはかなり苦戦しました。氷室さんのように英語的な発音で歌えば上手くハマるんだけど、日本語がきちんと伝わるように歌うのがすごく難しくて。最終的には宮田和弥らしくカバーできたんじゃないかな。あとね、このカバーはバンドの演奏がすごくいい。森純太らしいオクターブ奏法もハマってるしね。

ーーそしてARBの「魂こがして」。この曲も宮田さんの十八番ですよね?

宮田:RCと同じで中学生のときから歌ってるし、特に「魂こがして」はいちばん歌ってますからね。レコーディングも2、3回でOKでした。自分の歌のスタイルは、清志郎さんと石橋凌さんが混ざって出来上がってると思ってるんですよ。「魂こがして」もリスペクトを込めて歌わせてもらいました。

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