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アルバム『BOOTLEG』インタビュー

米津玄師が語る、音楽における“型”と”自由”の関係「自分は偽物、それが一番美しいと思ってる」

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 米津玄師が、アルバム『BOOTLEG』を11月1日にリリースする。同作は米津が「いろんな関係性のなかで生まれた」と語るように、タイアップやコラボから生まれた楽曲群と、アルバムに書き下ろした新曲が収録されたアルバムだ。

 海外における現行のポップミュージックを踏まえた上で、リリカルで美しいJ-POPとしても成立している『BOOTLEG』は、どのようにして生まれたのか。今回のインタビューでは、アルバム完成までに起こった制作手法の変化や、池田エライザ・菅田将暉といった客演アーティストを迎えた理由、音楽の“型”についての考え方など、示唆に富んだ話を訊くことができた。(編集部)

「日本の外で巻き起こっているポップシーン、見ていて面白い」

――今作『BOOTLEG』は、前作『Bremen』に勝るとも劣らない傑作だと感じます。今作のタイトルにはカジュアルな印象もあり、前作のようなコンセプトアルバムではない、ということの表明のようにも受け取れますが。

米津:最初は『Dune』(砂丘)にしようかなと思っていたんですよ。「砂の惑星(+初音ミク)」を作るにあたって右往左往して、いろんな曲を作ったなかで、ふと聴き返してみたら全部、砂漠が題材になっていて。「これが全部入ったら、砂漠のアルバムになっちゃうな」と。

 ただ、今回はどんどん曲作りを進めていくなかで、いろんなオマージュとか、関係性のなかで生まれた曲が揃ったんですよね。「ナンバーナイン」は『ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~』の公式テーマソングだし、「orion」はアニメ『3月のライオン』のエンディングテーマ。「ピースサイン」はアニメ『僕のヒーローアカデミア』のオープニングテーマで、「砂の惑星」は『初音ミク「マジカルミライ2017」』のテーマソング。その後に「打上花火」(映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』主題歌)のセルフカバーがあって。

 言葉が難しいんですけど、“いろんなものを寄せ集めて作られた自分”という皮肉めいた話があって、“それでも、これだけ美しいものを作ることができるんだ”ということを端的に表現する言葉は何かって考えたときに、浮かび上がったのが『BOOTLEG』という言葉だったんです。

――確かに、「かいじゅうのマーチ」や「ナンバーナイン」にも砂漠、砂という言葉が出てきますし、それがひとつのモチーフになっていて、一方で光や虹という美しいものとの対比が鮮やかでした。

米津:そもそも砂漠っていうものがすごく好きなんです。開けていて、人がいなくて、砂しかない――ものすごくシンプルな空間で、見ていて気持ちがいい。人が密集したなかで、隣の生活音とかに気を使いながら、窮屈に生きているから、そういうものに対する憧れがあるのかなって思ったりもするんですけど。

――砂漠というモチーフ自体に、ポジティブなイメージもあると?

米津:そうですね、救いようのない感覚というか。例えば「ナンバーナイン」は“遠い未来、もしも東京が砂漠になったら”というところから生まれた曲なんですけど、それは自分のなかではネガティブじゃなくて、心地いいというか、清々しい光景なんですよね。そして、自分の姿なんてもう影も形もなくなっていて、自分の遺伝子の影響もどんどん小さくなっていくけれども、その砂漠になった東京でも、自分の何かがほんのちょっとでも生き残っていてほしい。それは、自分にとって救いのあることで。特にこのアルバムを作っているときは、砂漠、砂漠、砂漠……って、マイブームみたいな感じでしたね(笑)。

――例えば、「砂の惑星(+初音ミク)」はメッセージソングでもあり、強い波紋も呼びましたが、この曲における“砂”、“砂漠”には必ずしもネガティブではない、清々しいイメージもあります。

米津:砂漠というイメージのなかに、清々しさや、ある種の豊かさみたいなものを感じているのは事実なんですけど、この曲については、そういう言い訳をしたくないというか。ニコニコ動画のボカロ界隈、もしくはニコニコ動画自体をネガティブな意味で砂漠というふうに思ったのは、間違いないから。

――米津さんはニコ動をはじめ、数多くの創作プラットフォームと向き合ってきたわけですよね。そんな米津さんから見て、プラットフォームと表現の関係はどう変化してきましたか。

米津:いまはけっこう違ってきているかも知れないですけど、ニコニコ動画のなかで作られる“型”というものがあって。例えば、wowaka(ヒトリエ)さんが作り上げた、BPM200の高速ボーカロイドロックのようなものは、ニコニコ動画から生まれた素晴らしいものだと思います。ただそれは、プラットフォームそのものに力があったからこそできたもので、力がないと生まれてこないと思うんです。混沌としていて、そこからあふれる力がないと、美しいものは表に上がってこない。

 それって、『もののけ姫』みたいな話だと思うんですよ。神々が住む森があって、そこを開拓していって、神様は追いやられて、混沌とした森がすべて焼け野原になる。最後にアシタカとサンの真摯な行動によって、新しい命が芽吹いていき、最後にコダマが一匹、佇んで終わり……っていう話じゃないですか。そして、最後に芽吹く森は、神々が住む森ではない。普通の健全な森で、かつての混沌とした美しさみたいなものは存在していないんです。健全だけれど、面白くない。「健全だからいいでしょ?」と言われたら、「そうですね」と言わざるを得ないんですけど、やっぱり面白くありたいじゃないですか。そうじゃないと、本当に自分が思う、ものすごく美しいものというのは、絶対に生まれてこないと思う。自分はそういう環境にいながらピックアップしてもらった感覚があるので、ニコニコ動画に対しては、そういうゾーンになっていってほしい、と個人的には思っていますね。

――なるほど。本作全体を通じて、“砂漠”のようなイメージは現行のUSヒップホップ/R&Bの流れを汲んだサウンドが生み出し、“光”のイメージはメロディや歌が担っているという印象を受けました。まず、サウンド的にはどのようなものを作ろうと考えましたか。

米津:サウンドのコンセプトは、曲によって全然違うには違うんですけど、アルバムごとに違うことをやりたい、というのが根本にあって。今回もそれに即したものにはなっていると思います。日本の外で巻き起こっているポップシーンとか、見ていて面白いじゃないですか。なのに、自分の身の回りには、そういうところに目を向けている人があんまりいない。よく日本を表す言葉として言われる“ガラパゴス”には、それはそれなりの美しさがあると思うけれど、「もっと面白いことがあるのにな」っていう感じは、自分のなかにあるんです。

 でも、俺は日本で生まれ育って、日本人としてJ-POPが作りたいと思っているし、自分の身の回りの人間に向けて何かやっていきたい、とも思っていて。ずっと一貫しているのは、その引っ張り合いですね。海の向こうで巻き起こっていることの文脈を借りながら、日本人として生まれ育ってきた懐かしさとの引っ張り合いになりつつ、その中間のところにたどり着くにはどうしたらいいかって考えるようにしていて。

――「LOSER」や「orion」で、そうした方法論が確立してきたように思います。新曲もどんどん生まれていますが、2つの軸のバランスは自然と取れるように?

米津:このアルバムを作っていく上で、一個抜けたな、と思った瞬間がありましたね。「砂の惑星」を作っているころ、パソコンの前で音を構築して、壊して、ということをずっと繰り返しているうちに、どうしたらいいのか分からない状態になって。それでも何回も、何回も繰り返しやっていって、抜けた瞬間を感じたんです。それは、海の向こうの出来事と、日本で起こっている出来事の中間を探るためにどうしたらいいのか、という答えが見つかったわけではないと思うんですけど、自分に向いている作り方というのを、ようやく見出したな、という感じがありました。「かいじゅうのマーチ」以外の未発表の曲は、だいたいそれ以降にできたものですね。

――個別の曲についても聞いていきます。1曲目の「飛燕」は幻想的でインパクトのある曲です。どれくらいの時期に作った曲ですか?

米津:制作の中盤ぐらいかなぁ。アコースティックでありつつ、ちょっとエキゾチックで、どこの国か分からない、みたいなイメージですね。俺のなかでは、『風の谷のナウシカ』なんですよ。これも“砂漠”みたいな話ですけど(笑)、あのマンガが昔からすごく好きで。ナウシカの姿にずっと憧れて育ってきたし、実際に今回も映画を観ながら作りました。『ナウシカ』に対するオマージュというか。

――『風の谷のナウシカ』のディストピア的な世界が、米津さんが見ている現実の世界と重なっている部分がある?

米津:そう思う瞬間はありますね。ディストピアと言っていいのかは分からないけれど、廃れていくというか、「この先、良くなることはないんじゃないか」と思う瞬間がすごくあって。俺がペシミストだと言われれば、確かにそうかもしれない、とも思うんですけどね。ただ現実に、例えばニコニコ動画もそうかもしれないし、日本と言ってもいいかもしれないし、友だちを見ていても「お前ら、これからどうやって生きていくの?」と言いたくなる人もいっぱいいるし。そういう斜陽な感じを覚えることは多々ありますね。

――そのなかでも、この曲には羽ばたき、飛び立っていくイメージがあります。

米津:そうですね。「もう終わりだ」って悲観的になっても仕方がないじゃないですか。生きるんだったら、前を向いて生きなければいけない。その方が難しいし、安易な方に流れていきたくないな、というのはありますね。

――特に最近は、一貫して難しい道を選んでいますよね?

米津:難しい方が面白いじゃないですか。逆に、安易なものってつまらないというか。作るんだったら美しいものがいいし、何か意味のあるものでありたい、っていう感じです。

      

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