姫乃たまが原みどりに教わった“歌うこと”の本質 福岡での3日間を振り返る

姫乃たま、原みどりに“歌うこと”を教わる

 最終日の三日目。私は原さんの車で連れられて山にいました。原さんの父親が麓で育った山で、いまは原さんが吟じながら歩いている山です。

 原さんは、向かいの山が見渡せる祠の裏や、金色の竹が生えているすこしひらけた場所とか、声を出すスポットをいくつか決めています(祠に向かってお辞儀をしながら、「東京から来た地下アイドルの姫乃たまさんです」とものすごく詳細に私を紹介していました)。山で声を出すと、風の流れや、落ちる葉の音と一緒になって、すごく自然な感じがするから。午前中には鳥がよく鳴くので、声の出し合いをするのだと言います。春先は鳥もまだ鳴くのが下手なのよと原さんは笑っていました。一緒に練習するの、と。深く呼吸をして、大きく声を出すと、大きな声が向こうの山から返ってきました。

 高良山の頂上には神社があって、普通のお守りよりもひとまわり小さなお守りが売っています。誕生月の花が刺繍されているもので、原さんは私も2月生まれなのと言いながら、「旅の思い出」にプレゼントしてくれました。

 山を下りる時、原さんはでこぼこの石で出来た道だとか、歩いているだけで滑りそうな木の階段とかを駆け下りていきます。「着地する度に丹田に力が入るような気がしませんかっ」と言いながら。「そう言われるとっそうですかっねっ」と言いながら私も後ろを走って下ります。最後の大きな鳥居で立ち止まってお辞儀をしてから、不意に2月の何日生まれか聞かれたので、12日ですというと、「私も!」と原さんが驚くので、私も驚いてふたりとも笑い出しました。ひとしきり笑った後に原さんは、「リンカーン以外で同じ誕生日の人初めて」と言いました。リンカーン……知らなかった……。

 原さんの家の前に着くと、ふと猫が現われて、原さんと一緒に歩いていきました。原さんが小走りになると、ぴょこぴょこ飛び跳ねるようにして付いていきます。私はいつの間にか、普段の呼吸も深くなっているようでした。しばらくして戻ってきた原さんは、これ持ってる? と聞きながら、私にお寺の本堂で録音した『夜明け』というCDをプレゼントしてくれました。それから握手をして別れました。福岡での三日間。

 東京に帰って『夜明け』を聴いてすぐ、あの日に車内で聴いたCDだと気が付きました。重たいほど優しくて、優しいほど重たい歌声。でもいまはもっと原さんの歌声が近くに感じます。歌詞カードには、このCDの録音が終わった翌日に息を引き取った愛猫ピッピのことが書かれていました。今日も久留米で原さんと一緒に歩いているだろう猫の姿を思い出します。憂鬱でも、苦しくも、やるせない気持ちでもなくて涙が流れたのは久しぶりでした。

 それから私は「悲しむ物体」を歌いました。阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件があった1995年に歌われていた曲を、東日本大震災を経験したいまに歌いました。私のファンの人にも原さんのファンの人が何人もいて、羨ましがられたのが照れくさいようなくすぐったいような気持ちでした。

 いまでも人の前で歌うことは恥ずかしいですが、原さんに習った私の声は、前よりもずっと誇らしい気持ちです。

■姫乃たま(ひめの たま)地下アイドル/ライター

1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』がある。

姫乃たまTwitter

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる