長澤知之が語る、自分と他者に向けた“肯定”の視線 「汚点や恥も、見方によっては美しくなる」

長澤知之、自分と他者に向けた“肯定”の視線

 この10年、ふと気がつけば日本の音楽シーンにおいて、シンガーソングライターとして誰も右に並ぶ者のいない確固たるポジションを築いてきた長澤知之。今年の春にリリースされた、小山田壮平、藤原寛、後藤大樹との4人組バンドALのファーストアルバム『心の中の色紙』もまだ記憶に新しいが、そんな彼から年の瀬に珠玉の楽曲集『GIFT』が届けられた。

 曲によっては躍動感に満ちたシンプルなバンドサウンドで、曲によっては研ぎ澄まされたアコースティックサウンドで。共同サウンドプロデューサーとして益子樹(ROVO)を起用した本作では、まるでダイアモンドの原石のような長澤知之の曲と詞に寄り添って、それぞれ周到にデザインされたアレンジとサウンド・プロダクションが施されている。世界的にフォーク・テイストを持ったシンガーソングライターの音楽に再び注目が集まっている現在、「日本にも長澤知之がいる」と胸を張りたくなるような作品だ。その誕生を祝し、ソロ・インタビューとしては久々となる取材を行った。(宇野維正)

「これまでで一番、音について学びながら作品を作っていった」

ーー長澤くんの作品には、これまでも大体、ライブでは以前から歌ってきた曲と、新しく書き下ろした曲が混在してきましたが、まず、今作『GIFT』に収められている7曲は比率的にはどんな感じなんですか? ライブで聴き覚えのある曲もいくつかありましたが。

長澤知之(以下、長澤):以前からやっていた曲でいうと、「時雨」「君だけだ」「風鈴の音色」の3曲ですね。残りの4曲はわりと最近になって書いた曲です。

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ーーほぉほぉ、なるほど。で、これは気になってるファンの人も多いと思うんですけど、今年の春、長澤くんはALのメンバーとしてファーストアルバム『心の中の色紙』をリリースして、その後、ツアーもやりました。その頃から、今後はソロとバンドは平行してやっていくと言ってましたが、今は、ALはお休み中ということでいいんでしょうか?

長澤:うーん、「お休み」と言うべきかどうかはわからないですね。ALに関しては、レコーディングやライブをまた突然やるようなことがあるかもしれないし、今後についてもいろいろ話し合ってるところで。

ーーとりあえず、バンドは継続中なんですね?

長澤:もちろん。実はちょうど明日もみんなでスタジオに入るんですよ(笑)。ただ、ALに関しては、もともと遊びの延長としてやり始めたバンドなのでその根っこの部分は大切にしていきたいなと思ってて。自分として気をつけているのは、ソロの曲作りとバンドの曲作りが、時期的にかぶらないようにってことですね。そうじゃないと(頭を抱えて)「あ゛っー!」ってなっちゃうんで(笑)。

ーー曲がパッと浮かんだ時に、「あ、これはAL用にとっておこう」とか思ったりすることはないんですか?

長澤:あ、それはありますね。「この曲、自分よりも(小山田)壮平が歌ったほうがいいんじゃないか」とか。曲にとって、必ずしも自分の声で表現することがいつもベストとは限らないってことは、バンドをやるようになってわかったことかもしれないです。

ーーそれって、ソングライターとしてすごく自由になったってことなんじゃないですか?

長澤:あぁ、そうかもしれないですね。

ーー今作『GIFT』でも、「風鈴の音色」では事務所(オフィス・オーガスタ)の後輩でもあるシンガーソングライターの村上紗由里さんがメインボーカルを務めていますよね。

長澤:この「風鈴の音色」は随分昔に書いた曲だから、今の自分が歌うよりも、作品に残す上で何かいい方法がないかなって思って。少年の時の自分を思い起こすような声が欲しいなって。その曲にふさわしいギタリストの方やベーシストの方にゲストとして参加してもらうように、ボーカリストとして自分の作品に参加してほしかったんですよね。

ーー曲自体とても素晴らしい仕上がりでしたけど、「こういうのもありなんだ!」と思いました。ソングライターとしてだけでなくソロ・アーティストとしても、随分と自由な発想で作品を作るようになったんだなって。

長澤:まぁ、楽しくやってますよ。相変わらずイライラすることも多くて、それなりにストレスも感じてますけど(笑)。

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ーーというか、長澤くんの場合、ストレスを感じているのは人として生きている「生活」の方で、「創作活動」においてはほとんどストレス・フリーですよね? 「曲ができない」とか、そういう悩みとは無縁の人じゃないですか。

長澤:無縁ですね(笑)。美しいものを見ても、イライラすることがあっても、すぐにそれを曲作りに転化しちゃうから、そういう意味ではスランプみたいなことはこれまで一度もないですね。

ーーで、ここから本題ですが、今作『GIFT』のどこがこれまでの長澤くんの作品と比べて新鮮だったかっていうと、曲と詞がいいのはもちろんとして、とにかくとても聴きやすい作品になっていることでした。「聴きやすい」というのは、例えば普段ボン・イヴェールとかスフィアン・スティーヴンスとか、そういう同時代のアメリカのインディー・ミュージックの作品を聴いている耳にも、すっと入ってくる、とてもユニバーサルな作品になっている。

長澤:なるほど。実は今回、これまでのキャリアで初めて、全面的に作品の共同サウンドプロデューサーというかたちで、自分以外の人に音を託してみたんですよね。

ーーそっか。これまでは基本、プロデュースも自分で?

長澤:そうです。『黄金の在処』(2013年リリース)では、部分的にはありましたけど。で、その『黄金の在処』でも2曲一緒にやってもらった益子樹さんに今回はお願いしました。自分としては、具体的にどういうサウンドが欲しいからとかそういうこともありつつ、レコーディングの現場での益子さんの実直さ、誠実さみたいなものがとても好きで。お互いフラットに意見が言い合える、とても楽しいリラックスした環境でレコーディングすることができましたね。もちろん、益子さんはミュージシャンとしてもとても才能を持った方で、音へのこだわりというのもものすごく強い方ですけど。

ーー具体的に、その音へのこだわりというのは今作においてどのように作用したのでしょう?

長澤:どっちかって言うと、これまでの自分の作品って、目の前にある真っ白いキャンパスに、ワーッと自分の感性を詰め込んでいくようなものが多かったと思うんですよ。でも、今回の作品は、ALとしてのバンドでの作品作りが間に入っていたことも大きいと思うんですけど、ソロだからできる実験的なこと、ソロだからできるサウンドっていうところに焦点が合っていって。これまでで一番、音について学びながら作品を作っていったという感じがしますね。やりたいことを詰め込むばかりじゃない、引き算的な考え方というのも益子さんから教わった気がします。まぁ、毎日が勉強ですね(笑)。

長澤知之「無題」

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