いきものがかり水野良樹が、J-POPに挑み続ける理由「今はない“みんなで聴くもの”を目指してきた」

いきもの水野、“J-POP”に挑み続ける理由
水野良樹

 

「“他人に歌わせる”ことが、主観に偏らないブレーキになっている」

――なるほど。ただ、本にも書かれていることですが、すごく一面的な見方として、「J-POPはダサい」という感覚も、それなりに広くあったと思います。特に学生時代など、周りにそういう人も少なくなかったなかで、水野さんはなぜ、J-POPにこだわって音楽を続けることができたのだと思いますか。

水野:やっぱり、多少は反骨精神みたいなものもあって(笑)。ライブハウスに出ていると、そういう言葉を投げかけられることももちろんありましたし、悔しい思いをしたことがなかったわけではない。ただ、そのなかでも自信はあったんです。というのも、僕らには普段からライブハウスに通っているような人たち以外のお客さんがついていた。それほど音楽に興味がない人が観に来てくれたり、僕らと違うことをやっているバンドの音が届かない人にも届いている、という感覚はどこかにあって。自分を奮い立たせる意味でもそういうことにプライドを持って、なんとかやろうとしてきたんじゃないかなと思います。

――逆説的にかもしれませんが、とがっていますよね。

水野:今だから言えることかもしれないですけどね(笑)。10年経ってすごく思うのですが、「ずっとJ-POPと言い続けてやってきてましたよね」って、やっとみなさんから言っていただけるようになったんです。つまり、最近はJ-POPという言葉が、10年前に比べると肯定的に捉えられるようになったのかなって。それは素直にうれしいです。

――大衆的であろうとすると、“媚び”のようなものが出てくることがあると思いますが、いきものがかりの楽曲には、聴き手との絶妙な距離感があります。吉岡さんの凛とした歌声も大きなポイントかもしれませんが、その点はどうお考えですか。

水野:自分もこういうタイプのグループをやっているなかで“媚び”というのはとてもセンシティブに捉える言葉で、おっしゃるように“媚びちゃいけないな”と思うんです。媚びるというのは、聴いてくださる皆さんの気持ちが分かっている、という傲慢さの裏返しですよね。“あなたはこういう歌が聴きたいんですよね。だからこんな曲を作りました”なんて、傲慢じゃないですか。

 僕には、やっぱり聴いてくださる方の気持ちというのは、本質的なところでは分かりません。でも、“こういうものもどうですか”と、そこに手を伸ばす――表現が難しいのですが、僕らと、聴いてくださる皆さんの真ん中に、ちゃんと曲を置けるように、というのはすごく気をつけています。

――自分の表現として楽曲を手元に置くのでもなければ、逆に押し付けるように聴き手側に寄せるのでもなく、“真ん中”に置くと。

水野:そうですね。少し話がずれるかもしれませんが、路上ライブでありがちなのは、立ち止まってくれたお客さんに、すごく親切にしてしまうことなんです。そうすると、そこで狭い関係性ができてしまうことが多い。そっぽを向いている人にこっちを向いてほしいから、やっぱり下手に出てしまいがちなんですよね。まさに“媚びてしまう”というか。僕らは別にとがっていたつもりもなく、普通にやっていたんですが、その線引だけはしっかりしよう、というのはどこかで考えていたと思います。3人とも、意外とクールなので(笑)。

――とは言え、楽曲制作のなかでは、自分の感覚が先行したり、逆にキャッチーな方向に振れ過ぎたり、ということもあるのではないでしょうか。“真ん中”というのは、どんな軸で判断していますか?

水野:そのさじ加減は、すごく難しいですね。自分のなかでは、思い切り主観に寄って作る瞬間と、そこからフワーッと引いて客観的に見る瞬間があって、どちらも行き来しつつ作っている感覚です。

 でも、それだけでは足りなくて、大きいのは、吉岡が歌うということなんです。要するに、“他人に歌わせる”ことが、主観に偏らないブレーキになっている。どんなに普遍的に見えるようなことを歌詞にしたり、何も内容がないようなことを書いてみても、作詞者自身が歌えばそこに意味ができるというか、どうしても主観という引力から逃げられないところがあるんです。それをポンと別の人の手に渡す――しかも、吉岡の声はすごくフラットな響きがあるので、僕が持っている個人としての限界、逃れられない個性のようなものにブレーキが掛かり、角が取れたものになるというか。

 逆に言うと、吉岡が自分で作った曲を歌うと、とたんに狭い世界に入ってしまう場面もあります。やっぱり、男子が作っている曲、言葉を歌うということで、みんなに届くものになっているというのは、システムとしてあるのかなと思いますね。

――作詞家・作曲家と歌い手が分かれていた時代の歌謡曲のような。

水野:確かにそうですね。前に男性シンガーソングライターの方と話していて、「自分は物語として書いているつもりだったのに、“これは元カノのことなんですか?”と聞かれてしまう。もっと曲自体を聴いてほしいのに」という悩みを聞いたことがあります。やっぱり、自分で歌えば、すべて自分自身が背負わなきゃいけない。僕はそこからうまく逃げられている、というのはありますね。

――なるほど。本に話を戻すと、ポッキーのCMソング「じょいふる」の制作において、この楽曲が社会に届いて浸透していくなかで、どんな場所でどんな人に聴かれ、どんなふうに扱われていくのか、事細かに想像(妄想)したというエピソードがありました。こうした聴き手に対する感受性は、やはり路上で培われたものでしょうか。

水野:路上からスタートしたということは、すごく大きいと思っています。路上ライブをやっていると、場の空気を読まなければ、お客さんが立ち止まってくれない。どこにどんなお客さんが立っているか、時間帯は昼なのか夜なのか――同じ場所でも、その場の空気は毎回、まったく違うんです。それを読むことを叩きこまれてしまったというか、曲を作る上でも重要な感覚になっていて。例えば、曲がカラオケ屋さんで流れるのか、パチンコ屋さんで流れるのか、スーパーで流れるのか、それともドラマのエンディングで流れるのか。それによって、受け取り方が全然変わるじゃないですか。

 そんなに理論立てているわけではありませんが、“こういう場面で流れたら、どんな感じかな”という想像はすごくやりますね。路上の経験とともに、僕らは幸運なことにタイアップに恵まれてきたので、CM、映画、アニメとか、流れる場所がはっきりしていることが多かったのも大きいと思います。例えば、“この作品が上映される映画館の空気はどんなだろう”という感じで、想像するクセがついたというか。

 僕らは“音楽シーンに曲を投げる”というより、“世の中に曲を投げる”という意識がすごく強いんです。例えば、若い女性社員がカラオケで歌っているのを聴いて、上司の年配男性はどう思うかな、とか。そういう想像がヒントになるというか、そこからたどって曲を作っていく、という感覚も強いです。

――本の中には「根拠のない自信」という言葉とともに、自分たちの活動についてある種の「確信」を持っている水野さんの心情もよく描写されていると思います。例えば、「続けることが目標」というデビュー当時から言い続けてきた言葉が、松任谷由実さんから不意に投げかけられた「続けてね。3人でいれば絶対に大丈夫だから」という言葉に補強されたように、自信が確信に変わっていった歴史でもあるのかなと。

水野:本当に徐々に、ですね。例えば、ライブハウスで自分たちの曲を大きくタイトルコールするという、周りのバンドがやらないことをやってきましたが、そのときにアリーナ公演を想像していたわけもなく、目の前で必要なことだったから始めたんです。つまり、一番伝えたいのは楽曲なのに、そのタイトルを言わなかったら、気に入ってもらえても「あの、中盤にやったバラードっぽいやつ」という捉え方になって、お客さんの記憶に残りづらいと考えたからで。

 目の前で必要なことはいつもシンプルで、それが実は核心をついていたりすることって、どの分野でもあると思うんです。諸先輩方がデビュー当時に“これが大事だよな”と思っていたことが、本質的に大事なことだった、ということもあるみたいで。とは言え、20歳なりに“必要なんじゃないか”と考えたことが、たまたま合っていた、ということなのかもしれません。間違えたこともたくさんありますからね(笑)。

――小田和正さん、プロデューサーでキーボーディストの本間昭光さん、ディレクターの岡田宣さんなど、多くの出会いとそこから得られたものがつぶさに書かれています。変化のタイミングもさまざまにあったなかで、いきものがかりがプロフェッショナルのバンドとして“化けた”と思う瞬間はありますか。

水野:それが、例えば一夜にして変化したようなポイントはあまりないんですよね。やっぱり、一歩一歩進んできたというか。今もそうですけど、3人とも技術的に乏しい部分がたくさんあると思うんです。人とのつながりのなかで成立しているグループなので、自分たち自身がブレイクスルーしたというより、そういうつながりが一つひとつ、階段を上らせてくれたということだと思います。

――そういう人たちが放っておけない何かが、いきものがかりにはあったということですよね。

水野:そうですね。そのつながりの中心にいられた、という自負はあります。何もない人間には手を伸ばしてもらえない――というのは、路上ライブをやっている時代からすごく感じてきた、悲しい現実で。だから、吉岡はいい歌を歌わなきゃいけないと強く感じてきただろうし、僕も山下も、“こいつらに力を貸してやろうかな”と思ってもらえるような楽曲を作らなければいけない、という思いは強く持ってやってきました。

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