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香月孝史『アイドル論考・整理整頓』 第九回:アイドルの「組織」

AKB48は「アイドル」をどう変えてきたのか? 10年の劇場運営がシーンに与えたものを検証

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香月孝史
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 AKB48が拠点とする秋葉原のAKB48劇場が10周年を迎え、その記念公演が12月8日に催された。同公演ではグループの草創期を支えた初期メンバーたちも参加し、新旧のメンバーを交えたライブとなった。AKB48のこうしたイベントに特徴的なのは、「過去」を単に思い出の一ページとしてのみ見せるのではなく、現在と過去とを混交させたような提示をしてみせることだ。このような混交は、このグループが持つ“いくつかの特徴”から必然的に生じるものでもある。

 まずはもちろん、10年前に拠点として構えた常設劇場が現在も変わらず稼働しているということの大きさがある。歴代のメンバーが紡いできた足跡が、土地の記憶、空間の記憶として、秋葉原の劇場に積み重なっている。そうした歴史を感じることは、もちろん草創期をリアルタイムで知る者だけの特権ではない。見る者がそれぞれに体験した、あるいは知識として持つ歴史を常に投影できる場としてAKB48劇場はある。また、AKB48のメンバーたちが継承しているのは、シングル表題曲のような単一の楽曲群だけではなく、その劇場でこそ受け取ることのできる、ひとまとまりのストーリーとしての「公演」である。先の10周年記念特別公演では、かつて在籍していた卒業メンバーと、現在劇場を拠点にする現役メンバーとが混ざり合ってライブパフォーマンスを行ない、過去と現在の「公演」を同じ場所で一時に混ぜ合わせてみせた。このように「過去」の再上演ではなく、過去と現在をはっきり区切ることのできないような仕方で振り返らせるのが、AKB48の「歴史」が示される際の特徴でもある。

 このようなイベントで過去を単なる「過去」ではないものとして提示できるのは、何より「アイドル」を10年継続させながら拡大してきたというAKB48のシンプルな、かつ稀有な足跡による。今回のAKB48劇場10周年に際して、「劇場が始まった頃には、ここまで続くことは想像できなかった」という実感が語られることも多い。それは受け手の実感ばかりではないだろう。しかしまた、「いつまで続くのかわからない」という不安定さは、AKB48が今日のように覇権を取ったからといって即座に消えるものでもなかったはずだ。AKB48が世間的に大きなブレイクを果たしたのは、この10年のキャリアのちょうど折り返し、2009~2010年前後に設定できるだろう。2010年、AKB48初のミリオンヒットを記録したシングル『Beginner』がリリースされた頃、当時AKB48所属の秋元才加と宮澤佐江は、AKB48の「解散」の可能性について次のように語っている。

秋元 それはもちろんあります。今までも、突然チーム替えがあったりしたので、本当に秋元(※康:引用者注)さんは、いつ「解散だ」って言いだすかもわからないですよ。だから、日々悔いが残らないように過ごしたいと思っているんです。
宮澤 じょじょにフェードアウトしていくよりは、パッと「解散!!」ってなっちゃったほうがいい気もするよね。
秋元 秋元さんだったら、やりそう(笑)。でも、本当にパッて終わるか、息が長く続くかは、たぶん秋元さん自身にもわからないんじゃないかな。だから、うちらになんて、わかるわけない(笑)。
宮澤 うん。だからこそ、そうなった時に「じゃあ自分たちはどうするのか?」っていうことは、今からでもちょっとずつ考えとかないといけないのかな、って思います。
(「サイゾー」2010年11月号)

 すでに大きなヒットや有名性を獲得しながら、秋元や宮澤はAKB48がグループとして永続していく姿を前提にしていない。今月16日の『2015FNS歌謡祭THE LIVE』で卒業発表をした宮澤がこの2010年時点で語っていた「そうなった時」とは、自分の意思で卒業を決めた時ではなく、そうなるよりも早くAKB48がなくなった時、という話である。この仮定がごく自然に発想されていたように、アイドルグループが「継続する」ことは本来かくも信じにくいことだった。これはほんの5年前、しかもAKB48が世間的なブレイクを果たし上り調子にある時期のことだ。あるいはその翌年、AKB48がシングルリリース初日のミリオン超えさえ達成するようになる2011年、柏木由紀もまた、AKB48の人気をいくぶんドライに見通す言葉を残している。

     
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