大森靖子&THEピンクトカレフ解散によせて ラスト・アルバムに混在する「青臭さ」と「成熟」

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 アーティストにとって重大な発表を、自身の公式サイトや公式Twitterアカウントよりも、音楽ニュースサイトで優先的に行うアーティストが増えた印象がある。どいつもこいつもバズらせるのに必死だ。と、こんなことを音楽ニュースサイトで書くのも場違いなのだが。

 とにかくそんな状況にぼんやりと違和感を抱いていたからこそ、2015年2月6日の夕方、惰性で眺めていたタイムラインで、大森靖子のTwitterアカウントに並んでいた文字列には衝撃を受けた。「大森靖子&THEピンクトカレフ解散のおしらせ」。そう書かれていた。URLをクリックすると、リンク先は大森靖子のライブドアブログ「あまい」だ。

 こうして大森靖子&THEピンクトカレフの解散は、彼女自身のメディアによって突然発表された。私にとっては、その1週間ほど前にファースト・アルバム『トカレフ』のCD-Rが送られてきたばかり。「待望のロックアルバム」と銘打たれた紙資料を眺めながら「アコースティック・ギターを抱えて弾き語りをしている大森靖子のイメージとは違う打ち出し方をしているのだろうな」などと能天気なことを考えていたばかりだった。しかも、解散発表の3日前である2月3日には大森靖子&THEピンクトカレフの「hayatochiri」のヴィデオ・クリップが公開され、GLAYの「誘惑」のヴィデオ・クリップへのオマージュが話題になった矢先のことだった。

 大森靖子の音楽のリスナーとして、私は彼女の情動の動きをすべて理解したいとは別に思わない。むしろ大森靖子というミュージシャンの音楽によって、私の感情を好き勝手に操作されたいのだ。大森靖子&THEピンクトカレフの解散について私たちが感傷を抱くことを大森靖子が拒むとしても、それもまた彼女の表現のひとつだ。そう考えてみれば、大森靖子&THEピンクトカレフの解散劇はまた大森靖子らしい決断だった。前述したブログのエントリーには、バンド・メンバーへの愛情と、バンドとしての限界、時間は限られていることなどが大森靖子の言葉で表現されていた。

 決断を理解したうえで、それでも解散を惜しむのはお門違いかもしれない。それでも大森靖子&THEピンクトカレフのファースト・アルバムにしてラスト・アルバムの『トカレフ』を聴くと、2013年作『絶対少女』以降の直枝政広(カーネーション)、畠山健嗣(H Mountains)、tatsu(LA-PPISCH)、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)らによるいわゆる「絶対少女バンド」とは別の可能性が、大森靖子&THEピンクトカレフとしてやっと結実したことを感じるのだ。それでも大森靖子が解散を選んだことで、彼女が目指すスピード感について考えることになった。いったいどれほどの速さなのだろう。

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