大森靖子&THEピンクトカレフ解散によせて ラスト・アルバムに混在する「青臭さ」と「成熟」

 「新宿」は、2013年作『魔法が使えないなら死にたい』では意図的にチープなプログラミングのサウンドだった。楽曲の舞台が新宿なので、新宿LOFTや歌舞伎町ロボットレストランで聴いたときにはカタルシスすら感じた楽曲だ。ところが『トカレフ』では冒頭からして何かがおかしい。本来「きゃりーぱみゅぱみゅ」と歌われる箇所が、鼻歌のようになってごまかされているし、歌詞カードはその1行が塗りつぶされている。メジャーゆえの洗礼だが、それを跳ね飛ばすかのように大森靖子&THEピンクトカレフはパワー・ポップ化した「新宿」を聴かせる。

 「Over the party」は、『絶対少女』ではアコースティック・ギターとエレキ・ギターの音が入り混ざっていた。『トカレフ』では途中から裏打ちになるなどリズムが変化し、大森靖子もさまざまな声色を操り、大森靖子&THEピンクトカレフというバンドだからこその「Over the party」になっている。

 「苺フラッペは溶けていた」はアカペラで始まる。「火サスの犯人」「自己犠牲」「不幸自慢のアル中」という言葉のチョイスも大森靖子らしい。そして穏やかな演奏の中で、ときに大森靖子は強く歌う。「料理長の音楽は豚肉の焼ける音だった」と同様に、「激しさ」とは逆のベクトルで大森靖子&THEピンクトカレフというバンドのカラーが浮きあがっている楽曲だ。

 「最終公演」は冒頭からドラムが入り、演奏もヴォーカルも力強い。『魔法が使えないなら死にたい』のヴァージョンよりもクールであり、同時にはるかにエモーショナルだ。大内ライダー(DPG、科楽特奏隊)のベースのプレイも心地いい。続く「歌謡曲」も『魔法が使えないなら死にたい』に収録されていた楽曲だ。ピアノで始まる点は共通しているが、『トカレフ』ではバンドが加わり7分以上に及ぶ熱演となっている。

 最後をしめくくるのは、2011年にこの世を去った加地等の「これで終わりにしたい」のカヴァー。そして、この原曲を収録している加地等の2005年のアルバムのタイトルは『トカレフ』なのだ。大森靖子&THEピンクトカレフのラスト・アルバムの最後の楽曲が「これで終わりにしたい」だということには、すべてが計算されているかのような衝撃を受けた。

 大森靖子&THEピンクトカレフの『トカレフ』は、すでに大森靖子のアルバムに収録されている楽曲もまるで別の表情を見せている。ギター・バンドだからこその変化でもあるし、バンドに計算高さがあまりないということとも裏表である。最後の青臭さ、最初の成熟。そうしたものが混在しながらひとつのバンドとしてのサウンドを形成しているのが大森靖子&THEピンクトカレフの『トカレフ』だ。

 そして、終盤の構成であまりにも見事に幕を引いてしまったために、バンドそのものまで巻き込んで終焉を迎えてしまったかのような印象すら受けるアルバムだ。

 「これで終わりにしたい」では「誰かトカレフを譲ってくれないか」と大森靖子が歌う。ふと気付くと、彼女はアコースティック・ギターで弾き語りをしているのだ。

 ひとりで歌っていた大森靖子が、仲間たちとのバンドを経て、またひとりに戻る。「トカレフ」はそんなドキュメンタリーを見ているかのようなアルバムでもあるのだ。

■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

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