小室哲哉はJPOPのリズムをどう変えたか 現役ミュージシャンが「TKサウンド」を分析

歌はシンセサイザー?

 ここまででTKフックとそれを支えるTKビートによってTKサウンドが作られている、という全体像は見えてきました。最後に、冒頭でやや宙吊りなまま終わったボーカルパートについて再び考えてみます。

 冒頭では、ボーカルフレーズが短いフレーズのループで作られていることを説明しました。これは何かというとつまり、「リフ」なのです。

 リフとはリフレインの略で、要するに繰り返しのことです。繰り返せば何でもいい、というわけではなく、一般的にリフと言う場合、「短いフレーズ」が繰り返されているものを指します。「コードは変わっても同じメロディが繰り返される」「メロディは変わってもリズムパターンが同じ」などというように、変化するものとしないものの対照がリフの気持ちよさ、という理屈になります。

 そんなリフの典型的なものが、ご紹介した『Self Control』のシンセサイザーのテーマフレーズです。解説したように、このシンセリフとキックの4つ打ちからイントロが始まり、その後何度も登場します。コーラスと宇都宮隆さんの歌うボーカルフレーズはメロディもリズムもこのシンセリフそのままですし、他のセクションも基本的にこのリフのリズムパターンの派生です。ドラムとベースがごくストレートな8ビートを刻み続けているのは、フックの強いこのリフを活かすためです。つまりこの曲のサウンドデザインのテーマは、「シンセリフ激推し」ということだと言えます。もちろん歌ものですから一見歌のためのトラックのように聞こえますが、その歌もシンセリフのテーマに従って作られていることを考えると、実はこの曲の中では歌よりもリフの方が上位の存在です。このように「リフがサウンドデザインの最上位にあり、歌もリフである」というような曲の典型は他にも、同じTM Networkの『Come On Everybody』などがあります。

 もちろん、より歌謡曲的な小室ファミリーの楽曲について、この理屈をストレートにつなげることはできません。ただ少なくとも、小室さんの楽曲のボーカルパートが、リフを作るのと同じ発想で作られているとは言えそうです。冒頭で解説したようにメロディ的なフックが強い理由もそこにあります。メロディの起伏が激しく、単純なボーカルメロディっぽくない違和感が、小室さんのボーカルメロディを印象的にしていますが、同じフレーズをシンセサイザーで弾いてみると、意外なほど違和感がありません。この要素をどのくらい色濃く出すかによって、ボーカルのノリがコントロールできます。引き算が上手な小室さんは足し算も上手、と書きましたが、同じように、サウンドデザインとリズムの受け渡しの妙によってトラック同士をつなげることが巧みな小室さんですから、当然ボーカルをトラックから離して浮き出すことも思いのまま、ということです。

 小室さんがやったことを後追いで言葉にしているので簡単そうに聞こえますが、実際にイメージ通りの曲を作るのはとてもむずかしいことです。小室さんが当時日本の歌謡曲になかったダンスミュージックの要素を持込み、10年間で作り手ばかりか聴き手まで教育してしまった背景には、スピード感であれメロディの目立ち方であれ、聴き手に与えたい印象を実際に思いのままに表現できてしまう、小室さんの恐ろしいほどのリズム感覚とサウンド構成能力の高さがあるのでしょう。

■小林郁太
東京で活動するバンド、トレモロイドでictarzとしてシンセサイザーを担当。
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