栗山夕璃が音楽性の拡張を通じて悟った自らの“変わらなさ” 1stフルアルバム『Ampoule Case』とともに歩みを振り返る

 ボカロP・栗山夕璃による1stフルアルバム『Ampoule Case』が5月27日に発売された。今作は元・蜂屋ななしである彼が、2021年に“栗山夕璃”としてリスタートして以降、2022年~2026年の投稿・リリース作を一挙に集めた初のフルアルバムとなっている。

 前名義から彼を知るリスナーの中には、当時の代表作のひとつである「ジターバグ」や復活作の「パープルハイプ」のような、いわゆるエレクトロスイング調の作風を強みとするイメージを持つ人も多いかもしれない。しかし収録楽曲を聴いてみると、そのイメージが彼の一面でしかないことに気が付くだろう。

 『ポケモンfeat.初音ミクProject VOLTAGE』楽曲として絶大な人気を誇る「ひゅ~どろどろ」に、『プロジェクトセカイ カラフルステージ!feat.初音ミク』への提供作「フィラメントフィーバー」「花結び」、そしてにじさんじ・三枝明那へ提供した「うぇいびー」など。栗山夕璃として活動する5年の間に、実に多彩な作風を会得したことが、アルバムラインナップから如実に見て取れる。

 かつて“世界への恨み”を原動力としていた蜂屋ななしが、栗山夕璃と名を改め、自身の創作を再定義して歩んできたこの5年間。一体どんな心境で彼は己の音楽と向き合い、クリエイターとしての活動を続けてきたのか。今回、リアルサウンドテックではアルバムリリース当日の栗山にインタビュー。あらためて自身のここまでの歩みを、収録楽曲の思い出とともに語ってもらった。(曽我美なつめ)

栗山夕璃として歩んだ5年間を思い返して

──今年の2月で、栗山夕璃として活動を始められてから5年を迎えられました。この5年間を振り返って、現在の率直な感想をお聞かせください。

栗山夕璃(以下、栗山):振り返れば、一瞬でしたね。ただ5年といっても、栗山夕璃個人の活動は去年から「やっと始められた」という感覚が強くて。それまではバンド(Van de Shop)での活動がメインで、楽曲を提供させていただく時だけ栗山夕璃として楽曲を制作する、という感じだったんです。

 だから、ソロ活動としての栗山夕璃、という意味では、この1年ぐらいでようやく本腰を入れられるようになった感覚です。この5年間のうち、8割ぐらいの期間をバンドの方に割いていた気がしますね。

──書き下ろしや提供が中心だったとしても、5年の歳月による制作手法や内面のアップデートもありそうですが、その辺りはいかがでしょう。

栗山:もちろん新しい技術や音も日々探していますが、最近は新しいジャンルを手に入れていく感覚がより強まっているかもしれません。今までの栗山夕璃にはない要素、曲の形態を取り入れたい欲求が強くなっている、という感じに近いでしょうか。

──たしかに、以前の栗山さん、特に“蜂屋ななし”時代は「ジターバグ」や「ライムライト」などの、いわゆるホーン楽器を使ったエレクトロスイング曲の印象が強くありました。ですが今作の『Ampoule Case』は、そのイメージと比較すると実に多彩な曲調が収録されています。たとえば好んで聴く音楽が変わった、というようなことは影響としてあるんでしょうか。

栗山:流行っている曲も聴いてはいますけど、むしろ個人的には「自分の好みはやっぱり変わらないな」と強く実感したのがこのアルバムだったりもするんですよ。制作を振り返ると、最近の音も取り入れつつ、自分の音をブラッシュアップしていくという作業に近かった気もしますね。

──“自分の好み”とは、具体的にどんな要素になるんでしょう。

栗山:一番はやっぱりスイング系なんですけど、一方でロックも好きなので。ストレートなバンドサウンドだったり、逆に「最近ではこんなコテコテの楽器構成はないんじゃないか」って思ってしまうような音楽を真剣に磨いている曲も入っているアルバムになっています。

 ただ、そういったトライをする中で、コードはジャジーに寄ったりシンプルになったり、一瞬一瞬で自分の好きな響きになるよう意識して作ってます。楽器隊は常に演奏技術が必要なものばかりになってしまった気もしますが……(笑)。

──楽器の数を多くして層を厚くするよりは、一つひとつの音を磨いて洗練したものに、というイメージでしょうか。

栗山:シンプルさを磨いた楽曲はそうですね。レコーディングもかなり回数を重ねていますし、宅録ではなく、ちゃんとスタジオで録音した音が入っています。ギターも宅録ではないもの、ピアノも打ち込みではないもの、ドラムも正確にグリッドに合うビートではないグルーヴィーなもの……という感じで、生音をふんだんに使った曲が多くなっています。

 とはいえ、元はDAWで作られた曲などは、ギターのボイシングが難しい箇所が発生する、みたいな苦労はありましたね。ピアノで弾くと普通にジャジーなコードなんだけど、ギターで弾くと指をかなり広げなきゃダメで、でも響き的にはその部分が捨てられないからどうにかやってもらって……みたいな。今回協力してくれた楽器隊の皆さまは、とても実力のある方ばかりだったので、要所要所でルートや5度を抜きテンションのみ弾いてもらうなど、その辺りはうまく折り合いを付けて進めていきました。

 正直最近は、イヤフォンやスピーカーで聴いた時に面白い音色や“耳を惹く”インパクトのある音が好まれる傾向も強いと感じているので、いわゆるクラシカルな音は耳から抜けてしまう、聞き流してしまうこともあると思うんです。それでも、2~3曲ぐらいは今まで自分がやってきたことの極まった部分、「シンプルに難しい」を追求する形になりました。たとえば「シルバーツインズ」のブラス隊は楽譜から制作していきました。

解毒不能だった / 栗山夕璃 feat. 重音テトSV&初音ミク -Impossible to detoxify -

 一方で、決して「全て本物の音をレコーディングすること」にこだわっているというわけでもなくて。アルバムに収録されている新曲「解毒不能だった」はここまでの話でいうところの「偽物の音」、つまり打ち込みやWav素材が多めだったり、ループ音源をいっぱい入れてみたりもしています。ピアノやギターは実際に弾いてもらったんですけど、元のフレーズはあえてMIDIの打ち込みで作っていて。そういった試みの楽曲も入っているので、個人的にもかなり面白いアルバムになったと思っています。

『Ampoule Case』というアルバムに込められた“感情”

──そのまま新作『Ampoule Case』についてもより具体的にお伺いできたらと思います。まずは今回、栗山夕璃として初のフルアルバムをこのタイミングで作るに至った経緯を教えてください。

栗山:一番はバンドの活動も一段落して時間が出来たので、個人でも一度集大成となるものを作っておこうかな、と思ったことです。曲も溜まっていましたし、自分の1シーズンをまとめて、ここを節目にまた新しい音を探しに行けたら、と。

──アルバムを作る上で、コンセプトやテーマなどは設定されたんでしょうか。

栗山:当初は「パニックルーム」という主題がふんわり浮かんでいて、緊急時に逃げ込む部屋、危険から逃れる場所といったイメージを持っていたんです。ただ実際に制作を始めてみると、むしろ逃げずに攻め込んでいたり、迎撃している曲も多々あって。どうしようかと考えつつ収録曲を並べていた時に、ふと思ったんですよね。蜂屋の頃からくらべると、たしかに明るい曲も作れるようになった。けど、いざ暗い感情を扱うとなった際、感情やメッセージ性をよりダイレクトに曲に落とし込めるようにもなったな、と。やれることが増えた分、引き出しが増えているなって。

──蜂屋ななし時代はひたすらに世界を恨む曲といいますか、ネガティブな感情を創作の原動力とされていましたよね。それだけではない創作を行うために“栗山夕璃”として再スタートを切っていた印象ですが。

栗山:そのつもりだったんですが、「解毒不能だった」にも書いたように「あ、解毒するのは無理なんだな」って。もちろん、明るい曲を作ろうとすることもあるけど、自分が暗い感情を抱いている時は暗い曲ができるし、苛立った時はどうしたって苛立った曲ができる。自分の感情そのままのものが曲としてできあがるんだな、と思ったんです。

 なので、パニックルーム=逃避する場所、誰かを明るく助ける曲というよりは、さまざまな感情を閉じ込めたアンプル(※液体、気体、固体などのサンプルを封入・保存するガラス製の小瓶)だな、と。それを各々で摂取してもらい、誰かの特効薬になればと思い『Ampoule Case』という作品を作りました。

──「ネガティブな曲だけでなくポジティブな曲も作りたい」という思いで栗山夕璃として活動をし始めたものの、「こういう曲を作りたい」という意思とは別軸で、ネガティブな時には自然とネガティブな曲になるし、ポジティブな時には自然とポジティブな曲になる、と。

栗山:そうです。だからこそ、みんなが明るくなれる曲を、日常が幸せになる曲を、と思って作った中で、意外と上手くいったな、という曲もあります。「うぇいびー」なんかは、特に自分の中でも多幸感のある曲だと思っています。でもその反面、表には出さない曲たちの影や暗さがより濃くなっていく感覚もあって。そこは、色々な感情に向き合ってみないと分からなかったことだったので、自分でも結構驚いた部分でした。

──まさに陰陽ですね。

栗山:「芥・遮二無二」とか、提供曲ですが「花結び」とか、そういう暗い面を切り出したような曲もあれば、「子供になっちゃえよ」のような、自分としては希望を歌ったと思える曲もあって。特に「芥・遮二無二」は蜂屋時代を思い出す、と反応をいただいていて、自分的には蜂屋ななし時代の呪縛はもう取れているけれど、それでも人は変わらないんだな、と。作った曲たちの歌詞を見ながら、改めて振り返る機会にもなりましたね。

芥・遮二無二/Flower&重音テトSV

──そんなアルバム『Ampoule Case』が無事リリースとなった、今のお気持ちはいかがですか?

栗山:今は……とにかく休みたいです(笑)。やりきった感はありますね。本当にもう、ギリギリもギリギリの所まで作業していて……。音の最終調整を、自分でもどうにかなってしまうぐらいまで突き詰めていく作業をずっとしていたので。美しいものをより整える作業は楽しいですけど、一定の基準をすぎるとどんどん苦しい時間になっちゃうというか。その反動で、今はとにかく曲を作りたいです(笑)。

──そうしましたら、お休みをしっかり取っていただいて(笑)。そのあとは、またいちから音楽を生み出す時間がやってきますね。

栗山:はい。というか、なんなら全然今日も作っていましたよ(笑)。明後日はDJ(プロセカクリエイターズフェスタ2026『CREATORS PLAYGROUND Supported by NIGHT HIKE』DJ出演)もあるので、そちらも頑張ります。

──皆さんの反応や感想などもSNSで見られたりしましたか。

栗山:フラゲしていただいた方の感想はハッシュタグで巡回しました。すでにシングルとして出ている曲は、YouTubeのコメント欄でも反応を見つつ楽しませてもらっています。特に、個人歌唱の感想はニヤニヤしながら見ています(笑)。

──完全生産限定盤のみに付属する特典CDですね。全曲栗山さんがセルフカバーしたバージョンの。

栗山:はい。これまでに提供した曲たちを、「仮歌」という形で改めて歌わせてもらっています。アレンジを結構変えた曲もあるんですよ。一度完成したものから再アレンジして、またレコーディングブースに行って再録音して……という感じでかなり頑張ったので、ぜひそちらも楽しんでもらえたら。

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