ベネット・フォディと初期インディーゲーム業界 訪れた“幼年期の終わり”を経て

Bennett Foddyと初期インディーゲーム業界

『VVVVVV』とテリー・キャヴァナー

 ほぼ完全なソロ開発者だったフォディが他の開発者と組んだ例は、2009年1月にリリースされた『Evacuation』が最初だ。

『Evacuation』

 TIGSでリリース告知を投稿したときにフォディ自身が述べているように、「『Evacuation』は『QWOP』に比べるとはるかに簡単」なパズルゲームだ。作品の舞台は宇宙船の内部。プレイヤーはマス目状に区切られた部屋の扉を開け閉めしながら侵入者である宇宙人たちを船外へ追いやり、船員たちを守り抜かねばならない。扉は四色に塗り分けられており、ある色の扉を開けようとすると船内にある同じ色の扉がすべて開く、という仕組みだ。

 本作はフォディ作品に珍しく、プロシージャル生成が採用されている。200まで用意されたレベルは、クリアするごとに次のステージがランダムに生成される仕組みになっていた。加えて、自分たちのロジックでもって勝手に動き回る敵味方のNPC(AI)というのも、フォディ作品には新しい要素だった。

 これらの要素を取り入れるため、フォディいわく「私よりもはるかに優れたAIプログラミングをしている友人とのコラボレーション」が必要となった。

 パートナーとなったのはライアン・チザム。当時フォディとおなじプリンストン大学に所属していた博士課程の学生で、現在は理論生態学者としてシンガポール大学で教鞭を執っている。フォディによればチザムは彼の「友人」で、具体的なコネクションは不明であるけれども、学部生時代もフォディとおなじメルボルン大学で過ごし自サイトで自作ゲームを公開するアマチュア制作者だったという。こうした事実から察するに、同郷にして同好の士として知り合う機会があったのだろう。

 他者の存在とランダム性は、フォディのゲームをさらに不服従的にするスパイスといえた。

 翌年、フォディは意外な形で歴史的なインディーゲーム作品に関わる。テリー・キャヴァナーの商業デビュー作である『VVVVVV』にスタッフとしてクレジットされたのだ。

『VVVVVV』

 キャヴァナーはフォディの6つ年下、1984年生まれのアイルランド人で、子ども時代に8ビットホームコンピュータの『Commodore 64』の虜となったひとりだった。キャヴァナーはゲームを遊ぶうちに独学でプログラミング言語を習得してゲームエンジンや作品を作るようになり、18歳のころにはQuickBASICで『The Hunt』というゲームを初めて完成させている。

 長じてキャヴァナーはアイルランド随一の名門、ダブリン大学トリニティ・カレッジに入学し、卒業後は金融機関のアナリストの職を得る。絵に描いたようなエリートコースだが、若き金融マンの姿は彼にとって世を忍ぶ仮面にすぎなかった。昼間はExcelで株式トレーダー向けのリスク評価表を打ち込みつつ、夜には母校の図書館でゲーム制作に勤しんだ。そうして実績を積み、最終的にはゲーム作りを本職にするーーそれが彼の人生設計だった。

 しかし、多忙な金融業界でそのような二重生活を送るのには無理があった。けっきょく、就職して2年も経たないうちに職を辞し、隣国イギリスのケンブリッジへの移住を決める。移住後はおなじくFlashゲーム開発者であったスティーブン・ラヴェルとルームシェアをしつつ、フルタイムのゲーム開発者としての活動をはじめた

 この転身に、明確な勝算があったわけではない。キャヴァナーはフリーランスになる決意を述べたブログ記事でこう漏らしている。

「あんまりネガティブなことは言いたくないんだけど、十中八九、失敗に終わりそうだ。調べたかぎりでは、カジュアルゲーム以外のインディーゲームで収益をあげているものはほぼないみたいだし……ま、失敗しても比較的影響が少ない(若い)うちに挑戦してみるのが良いかな、ってさ」

 弱気になるのもしかたがなかった。『Braid』のジョナサン・ブロウがそれなりに星霜を経てきた元業界人だったのに対し、キャヴァナーはほとんどアマチュアでしかなかった。これは、当時のアイルランドがゲーム文化において周縁の地だったことも関係している。ゲーム会社に就職しようにも、国内にほとんど目立ったゲーム開発会社は存在せず、隣国イギリスに活路を求めようにもビザなどとの兼ね合いで就労の壁は高かった。キャリアの積みようがない。フォディの生まれたオーストラリアと似たような条件だったといえる。

 かといって周囲を見渡しても、小規模以下のインディー開発で成功した例もほとんどなかった。デレク・ユウらが『Aquaria』の成功でかれらの未来にささやかな光明を与えるのも、キャヴァナーが独立の決意を固めた半年後のことだ。

 寄る辺もなければ指針もない。彼はほとんど身一つで、働いて貯めた半年分の生活費のみを頼りにインディー開発者として船出した。ほとんど狂気じみた賭けといってもいい。

テリー・キャヴァナー。Photo by Terry Cavanagh CC BY 3.0

 そんなキャヴァナーの受け皿として機能したのが、TIGSだった。彼はフォーラムで活発に発言し、世話役としてエディターの役割を任されるまでになった。自作へのフィードバックや開発面での有益な情報のやりとりという実際的な効用以外でも、コミュニティの存在がソロ開発者の孤独を慰めたであろうことは想像に難くない。彼は、のちのインタビューでも繰り返しTIGSコミュニティへの愛着を口にしている。

 むろん、創作にも熱心だった。Ludum DareやTIGS主催のゲームジャムに何作も投稿しては、そのたびに詩的で意欲的な作風をファンや開発者、ときにはメディアから讃えられていた。初めてFlashでの制作に挑戦した『Don’t Look Back』はFlashポータルサイトのKongregateで、公開半月で100万回もプレイされた。

キャヴァナーの名を高めたFlashゲーム『Don’t Look Back』。ギリシャ神話におけるオルフェウスの冥界くだりをモチーフにし、「振り返らないこと」がゲームの重要なメカニックとして取り入れられている

 しかし、ネットでの評判が未来を信じられるほどの実入りにつながることはなかった。二年弱に及ぶ開発者生活で、勤め人時代の貯金もとっくに使い果たしていた。『Don’t Look Back』のヒットによるKongregateからのスポンサーシップでひと息はつけたものの、安定した生活にはほど遠い。

 もしかしたら、金融業界に戻って堅実な暮らしを送ったほうがよいのかもしれない……そんなおもいが彼の頭をもたげるようにもなった

 そんなとき、キャヴァナーはゲーム制作の合間に作れそうな「比較的小さな、短くて楽しい作品」を思いついたとブログに投稿する。10日ほど経った次の投稿では「思ったより興が乗っている。あと2週間はかかるかもだけれど、そんなに長くはならないはずだ」と記した

 結果的にそのゲームの開発期間はさらに一ヶ月延び、三ヶ月延び、最終的には七ヶ月後の2010年1月に『VVVVVV』として正式リリースされ、ひとびとの記憶に刻まれることになる。

 『VVVVVV』は特殊なギミックを特徴としたアクション・プラットフォーマーだ。2D横視点の画面でマップに設置された数々の障害を乗り越えていくのだが、ジャンプはできない。その代わりに、重力を上下反転させるギミックで障害をかわしていく。

 8ビット風の簡素なピクセルアートは、キャヴァナーが最初にゲームに触れた『Commodore 64』へのオマージュであり、ヒット後には『Commodore 64』の実機で動くバージョンが作られた。

 『VVVVVV』は2010年の暮れからTIGSフォーラムにベータ版が投稿されるようになり、年が明けると専用サイトで正式に販売が開始された。

Kongregate版『VVVVVV』

 このとき、『VVVVVV』はFlashポータルサイト Kongregateにデモ版をリリースしたのだが、コメント欄は荒れに荒れた。Flash版はデモであり、すべてを遊び尽くすにはSteamで15ドル払わねばならなかった。「2時間で終わるレトロなグラフィックによる体験に15ドル」と聞けば、現在の基準に照らしてもなるほど割高感はあるかもしれない。だが、Kongregate ユーザーたちの怒りはもっと根深いところにあった。

 当時、Kongregateで提供されていたFlashゲームは無料のものがほとんどだった。実際、『Don’t Look Back』も無料でKongregateで公開されて高い評価を得ていた。Flashで収入が欲しいなら広告で得ればいいーーそれが“ふつう”とみなされていた状況下で、「儲け主義」に走ったのはFlash文化に対する許されざる裏切りに映ったのだ。

 この状況に対して、開発者側のコミュニティであるTIGSフォーラムでも意見は二分されたが、やはり開発者に近いぶんだけキャヴァナーに同情的な声がより強かった。インターネットはあまりに長いあいだ「無料」になれすぎた。今ではどんなゲームも違法コピーされてしまう(フォーラムでも海賊版問題はたびたび取り沙汰されていた)。20年前までは『VVVVVV』のあしもとに及ばないゲームに何十ドルも払っていたじゃないか。いいかげん、ネットユーザーはクリエイターに対して適切な対価を支払うべきだ……。 

 こうした論争を経て、結局、『VVVVVV』の定価は5ドルに引き下げられたものの、現在では『VVVVVV』は紛れもない成功作として記憶されている。それは、業界未経験で、パブリッシャーやプラットフォーマーとのコネを持たない、無名のソロ開発者によるゲームが、広告モデルに頼らずにインディードリームを果たした瞬間でもあった。

 そう、『VVVVVV』は、音楽以外、キャヴァナーの独力によってつくりあげられた作品だ。では、そこでわれらがベネット・フォディはいかなる貢献を果たしたのか?

 エンド・クレジット画面ではクリエイターのキャヴァナー、音楽のマグナス・パルソン(Souleye)に並んで三番目に「Rooms Named by(部屋の名付け親)」としてフォディの名が堂々とクレジットされている。400以上存在する『VVVVVV』の部屋(エリア)には、そのひとつひとつに名前がつけられている。それらはウィットやひねりが効いていて、ときに攻略法を示唆していたりもする

 それらの部屋の命名者がフォディなのだ。だから? とおもわれるかもしれない。が、これからするのは非常に重要な話だ。名付けについて。

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